JUGEMテーマ:日常


占い鑑定の副業で様々な方にお会いする。
細々と、でも、もう10年以上やっているから、
けっこうな数の方に会っているはず。

ふと思ったのだが、
人間って、凹んでいるときは、
自分の周りに起きている
「いいこと」に気づかない。

家族が健康だとか、
お金に困ってないとか、
趣味が楽しむゆとりがあるとか。
そういう「いいこと」。

そして、ひとつの悩みだけが、
頭の中で無限大に膨らんでしまう。
まるで増殖するウイルスのように。
そして、自分が世界一不幸な人間だと
思いこんでしまう。

逆をいうと、
傍から見て大変そうに見える方でも、
自分の周りに起きている、
「いいこと」に気づいている方は、
大丈夫だろう、って思う。

それは年齢や性別、立場などまったく関係ない。
たしか内田樹さんが
「毎日、しあわせを感じることの、
 リストを増やしながら生きていくしかない」
というようなことを、どこかで書いていた。

たわいもないことにウキウキしたり、
にっこりしたり。
それができるうちは、大丈夫だと思う。
幸い、私はそういう人たちに恵まれている。
ありがたいことだ。

今日は、デパ地下の地方物産コーナーで、
行列ができている鯛焼き屋を発見。
昨日、夫が「鯛焼き食べたいな」と
何度も言っていたのは、偶然?

あんこたっぷりの鯛焼きの包みを抱えて帰路に。
今日の「いいこと」は、これかなぁ。











 

JUGEMテーマ:日常
 
フィギュアスケーターの浅田真央さんの、
お母さんが亡くなったそうだ。

テレビでは、真央さんが小さい頃からの、
母娘の二人三脚ぶりを紹介していた。

トップクラスの子になると、
レッスンなどで年間1,000万円もの費用が
かかるとか。
特殊な英才教育の世界・・といってしまえば、
それまでだけれど。

ゴルフの石川遼さん、ピアノの辻井伸行さんも、
真央さんと同じ、く親の存在、影響がとても大きく、
それによって才能を開花させた人たち。

親であり、師であり、親友であり。
子どもに対して一人何役もできる大人は、
世の中に滅多にいないと思う。
たいがいは、親の役割だけでヘトヘトだ。

子どもに夢を託すだけでなく、
その夢を引き寄せるために、
自分も全力を尽くすというのは、
精神的にとても強い人でなくてはできないと思う。

ただ、子どもはいつか親の手元から離れていく。
どんなに完璧に築かれた親子の世界でも、
永遠に続くわけじゃない。
その世界に他からの風が入り、
世界の有り様が変わっていく時に、
絆が強すぎる親子は、
普通の親子以上に辛い思いをするのではないか。

真央さんのお母さんの去り方は、
突然すぎて痛ましいけれども、
ある意味、母にとっても娘にとっても、
「一番いい時」でピリオドが打たれてしまった。
いつの日か真央さんが母親になった時、
彼女は自分の母のような生き方を選ぶのか、選ばないのか。








評価:
酒井 順子
講談社
¥ 1,470
(2009-07-01)
コメント:コラムニストの筆者が日本、韓国、中国の負け犬事情を探る旅へ。それにしても、酒井順子さんや若乃花元妻の栗田美恵子さんは、昔はイノセントなかんでオリーブ少女の憧れだったけど、今思うとバブルの恩恵どっぷりな方々なのですね。

 酒井順子著 「儒教と負け犬」。

私はオリーブ少女より少し上の世代だが、
酒井さんがオリーブにコラムを書いていた頃から、
彼女の文章の匂いが好きだった。
鋭いのにまろやか、賢いのに軽やかで。

酒井さんがいうところの「負け犬」は、
都会在住、高学歴、高キャリアで、
育ちがよく見栄えもいいという、
同世代のなかでもトップクラスの女性たちなので、
平均的な「30を過ぎても結婚していない」女性とは、
違うということを念頭に置いて読めば、

日本、韓国、中国における
同様なハイレベル女性の価値観、意識の対比が面白い。
迷いがなく自信満々の上海女性。
愛もメリットも求めるソウルの女性。
結婚や愛に希望が持てない東京の女性。

でもこれって「負け犬」に限らず
各国の国民全体に言えることかも(汗)。

この本の真骨頂は「負け犬」論より、
その背後にある「儒教」の存在だ。

恥ずかしながら儒教なんて言葉しか知らず、
孔子の教えも知らない。
でも、日本人が徳川政権の頃から長く刷りこまれてきた
家長制度や男尊女卑の意識の発端が
儒教にあるらしい、という著者の推測はとても興味深い。

既に私の頭は「負け犬」論争から離れ、
儒教の入門書を読もうか、って気になってきた。















JUGEMテーマ:オススメの本
 
西原理恵子さん。
年下だけど「さん」と呼びたい好きな作家さんだ。

「女の子ものがたり」は、
映画も観ていないので
このマンガで読むのが初めて。

彼女のマンガには綺麗事はひとつもなく、
でも、なぜだろう。
読んでいくうちに心が澄んでいく。

世の中という川には、
どうしうようもないことが
プカプカといっぱい浮いていて、
私たちはそれを避けながら、
自分の船を漕いでいく。

でも時には、
その、どうしようもないことにぶつかり、
船の進路を誤ったり、
船がひっくりかえったりする。

その時のかっこ悪さも
お互いに見せ合っているのが、
この物語に出てくる女の子たちだ。
傷をなめ合うでもなく、
慰め合うでもなく、淡々と。

今やすっかり有名なった西原さんに、
彼女たちはその気になれば
昔の仲間じゃん、と助けを乞うことができる。
でも彼女たちはそういうこともせず、
自らの世界で淡々と生きているような気がした。

もう こんな ともだちは 一生 できないと 思う 

ラストページのひとことだ。

西原さんのマンガはどれも、
ときどき読み返したくなる。











JUGEMテーマ:日常

私の世代ではまだまだ普及率は低いと思うけど、
仕事柄、若い世代の友人、知人が多いので、
そういう方々に背中を押され?
mixi→twitter→facebookへと、登録だけは進んでいる。

でも、facebookの、友人として承認されました、っていう言葉がどうも馴染めない。
私の中で、友人=嫌なことや苦しいことを、一緒に乗り越えたひと
       知人=そうじゃないひと、

という自分なりのジャッジがあるので、
名刺交換したり、交流会で会ったら、友人かよ? 的な違和感がある。
もちろん、知人の方々が苦手なわけではない。
素敵な知人はたくさんいるし、その方々と友人になる可能姓もあるし。

ただ、知人と友人の区分は、自分の中でははっきりしている。

デジタルを介した様々なコミュニケーションが、
かっての地縁、血縁に代わる新しいつながり・・と言われているけれど、
そもそも、そんなにつながりたいのか?自分、っていう疑問もわいてくる。

それと、自分の友人知人をぐるりと見渡してみると、
年齢や職業に関係なく、
そういう新しいつながりを、一切持たない人もけっこういる。

ネットでつながることに肯定的な人と、否定的な人。
どちらがいいとも悪いとも言えないし、
自分のように中途半端な人間もいる。


あと半年、一年したら、考え方が変わるかもしれないし、
うーん、新しいつながり、ってけっこう難しい。

















 

 
最近知りあった方から、
個人から個人に支援物資を送る活動をしているグループがあると、
そこのブログを教えていただいた。

たまたま見た最新の日記で意外な事実を知った。

そのグループのリーダーたちが、
仲間から集めた支援物資を東京から被災地の体育館に運び、
昼食を食べるためにその場を離れていたら、
知らぬ間に体育館に集まった地域の人々が、
どんどん段ボールを開けて、
目ぼしいもの(家電など)をすべて持ち帰ってしまったというのだ。
段ボール100個分くらいの量だったそう。
誰それ宛に、と書いてあった荷物も、すべて開けられてしまったという。

リーダーの方は、その光景をただ茫然と見ているしかなく、
人々が去った後、ぐちゃくぢゃに散らかった体育館で泣いたという。

そこに新聞記者らしき人が来て、
「みなさんの活動を紹介するつもりでしたが、こんなことになってしまって。
これを記事にすることはできませんが、投書として載せることはできます。
自分も、ここにいながら、被災者の方々の動きを止められなくて、恥ずかしいです」と。

被災地じゃなくても、こんなに暑いし、社会は不安定で、景気の悪い話ばかり。
被災地の方々が、思い通りに進まない支援や復興に、
イライラするのはあたりまえのことだ。

だから、支援物資を当事者の許可なく、
さっさと持っていった人たちの気持ちも、わからなくはない。
そして、現地の状況把握や段取りに不慣れだった、
支援グループの人たちの善意と熱意も、よくわかる。

それよりも気になったのは、
この事実を記事にはできない、という新聞記者の言葉だ。
たぶん、週刊誌やネットのみの媒体なら、そのまま書くんだろうけどね。

体制や構造、いろんなものがぐらぐらと揺れ動いているなかで、
何を信じるかを、自分で決めなくてはならない。
これは、けっこう難しい。
でも、みんながそういう能力を少しずつでも高めていけば、
そこに、今よりも、良い?世の中が見えてくるのでは。














JUGEMテーマ:日常

高速1000円ラストデーに、
愛知県常滑市にあるイナックスの企業博物館に行ってきた。
http://inax.lixil.co.jp/ilm/

天気は悪かったけれど、
若いカップルや、小学生の団体なとがいて、敷地内はほどよいにぎわい。
入場料が600円とお手頃なのもうれしい。

日本のタイルの歴史を振り返ったり、
珍しいデザインのタイルを眺めたり。
昔懐かしい、和式の陶製便座もずらりと並んでいて、ちょっと驚いた。

愛知では、名古屋のノリタケ博物館にも行ったことがあるけれど、
静岡県の企業も、これくらい頑張ってくれるといいなぁ。

敷地内にあったイタリアンレストランのメニューもとっても美味でした。


昔の工場をリメイクした展示館。



高層ビルの外壁タイルを大量生産するために作られたレール式の釜。



ところどころにある標識もかわいい。


ミニサイズの洋式便座に、好きな絵を描くオプションも。
アクセサリー置きにいいかもね。


トルコブルーっていうのかな。イスラム風の青が目立っていました。

JUGEMテーマ:日常
 とっても久しぶりの更新。

都内に勤務する息子夫婦のまわりでは、
放射線に対してとても神経質な人と、そうでない人の差が広がっているという。
特に、結婚して新居を建てた人とか、子どもがいる人はピリピリしていると。

一方、横浜に勤務する娘夫婦のまわりでは、
郊外の実家暮らし、独身者が多いせいか、放射線の話はあまり出ないという。

先週、家の用事で長崎に行き、親類の方々と話をした。
「原爆のずっと後になって具合が悪くなった人をたくさん見てきたから、
やっぱり放射線は怖いですよ」。
「もっとも、今から60年前には放射線の測定なんて誰もしていないから、
みんな、ごく普通に水を飲み、地元でとれた野菜や魚を食べてきたんですよね。
今思うと、それも怖い話で」。

長い長い時間をかけて、無数の怖さを乗り越えて、今の、長崎のまちの繁栄がある。


最近は、首都圏を中心に各自治体や各団体、個人までが放射線の測定に忙しい。
親子でマスクをはめ、測定器をもって公園をまわり、
ここはダメ、ここもダメ、と、
ダメ出しをしている若い主婦の姿がテレビに映っていた。

そういう人たちと、そういうのが嫌な人たちの間に、
目に見えない亀裂が入っているように感じる。

A そんなに放射線が怖いなら、安心な場所へ引越せばいいじゃん。
B できればそうしたいよ。
   でも、ダンナの転職なんて簡単にできないし、マンション買ったばっかりだし。
A  だったら、ピリピリしてもしょうがないじゃん。
B  だから、ピリピリするのよ。

AとBは、どうしたらうまく共存できるのか。


震災と原発事故以来、
いろんなことに対していろんな意見をもつ人が出てきて、
それが、あまりよくない方向に向かっているように感じる。
みんな、目指す方向がわからないから、そうなってきたのだろう。

こういう時代に、怪しい新興宗教などが流行りませんように。
阪神大震災とオウム真理教事件は、同じ年に起きているのだから。














JUGEMテーマ:人生論

放っておくと、
芽が出て葉や根が伸びてくる元気なじゃがいもと、
腐ってしまうじゃがいもがある。

今日はその違いを考えてみました。


浅見帆帆子さんの著書
「いつも忘れないで」の中に、

気になることをあえて気にせず、
人のため、世の中のためになることを
するように励んでいると、
いつのまにか気になることは解決して、
いい方向に向かう、という一節がある。

私はこの一節が好きで、
気にしてもしょうがないことを、
あまり気にしないようにしていたら、
実際にいくつかの問題?が改善された。

頼みもしないのに、夫が自主的に禁煙していたり、
気長に待っていたら、
何もしないのに仕事のトラブルが片付いていたり。

けれども、放っておいても良くならないこと、
悪化することが世の中にはあります。

例えば、登校拒否の子どもが、
大人になって引きこもりになったとか、
夫婦、親子のいざこざが事件に発展したとか。
(物騒な例ですみません)

放っておいてもいいことと、
放っておかないほうがいいことの、
違いは何だろう。

臭いものに蓋をする、見て見ぬふりをする、
という言葉があるが、
これに当てはまるものは、
放っておいてはダメなんじゃないかな。

なせこんなことが気になったかというと、
占いの相談を受ける中で、
早く対処したほうがいいとわかっているものの、
対処できずにどんどん時がたち、
それに頭を悩ませている方が多いからだ。

このくらいまあいいか、と片目をつぶってもいい問題。
辛くても、できるだけ早く、
両目を開けてしっかり見つめるべき問題。

世の中にはこの2通りがあると思う。

でも人間はみんな、
わかっているけど、認めたくない、
向き合いたくないことを、
何かしら抱えているんだよね。

それにしても、
政府と福島原発関係者の方々には、
これを当てはめたくはない。

両目を開いて、
認めたくない事実を正しく認めて、
国民のみんなに伝えてくほしいと願うばかりだ。

JUGEMテーマ:日常
 

月曜日の撮影に使った野に咲く花系?のブーケ、
撮影後にいただいて、わが家に持ち帰り。

今日になって、あ、葉っぱの中にてんとう虫(フェイクです)がいるじゃん!
写真の中の真っ赤な部分。
花屋さんの粋な計らいに、今さらながらうれしくなった♪
ていうか、3日くらい、それに気付かなかったわたしって・・・(汗)。


震災以来、自分の中で何が変わったかというと、
未来が肯定しづらくなった分、
過去への懐古的な気持ちが強くなっている。

今までも、
あの頃はよかったなー・・という気分なることはあったけれど、
最近はそれだけじゃなく、
でも、もう、あの頃には戻れないなー・・という切なさが加わっている。

震災が起きる前は、そうではなかった。

過去は過去、という割り切りができて、
とりあえず、今日の次には明日が来るだろう、未来が来るだろう、
という呑気な希望があった。

自分では意識していないつもりでも、
震災で多くの方が亡くなられたことや、
キャンディーズのスーちゃん、
遠い親戚の同世代の方などが相次いで亡くなったことなどが、
あっちこっちから、
ボディブローのように効いてきたのかな。

自分が弱ってしまわないように、
とにかく体を動かして外へ出かけて、
体も心も、循環を良くしようと思う。
明日からの連休、あれこれ楽しむつもりです。


































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1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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