JUGEMテーマ:日常
 

B型ひとりっこのせいか?
子どもの頃から、
我慢することが苦手で、
自分なりに苦労はしているつもりだが、
傍からは
「自由に好きなことをやって生きている」と
見られているようだ。

昨今は、几帳面で責任感が強い人、弱音をはけない人が
心身を病みやすいといわれている。
実際、そういう人も多く見ている。


ふりかえって、自分はどうだろう。
うーん、責任感はあるつもりだけど、几帳面さはないな。
で、弱音と愚痴はすぐに吐く(笑)。

今、ある仕事をこのまま続けるか辞退するか思案中。

任せてもらっているものを投げ出すのはよくない、
できる範囲で頑張っていくべきだと思ってやってきたが、
なんか、もういいかな、十分頑張ったじゃん、という気分。

最近、年齢のせいなのか、
限りある人生の残り時間を、
自分が納得のいくものごとに使いたい、
という気持ちが強くなっている。

自分のため、お金のため、暮らしのため。
好きだから、楽しいから、誰かの役に立ちたいから。
なんでもいい。
これでいいんだ、って、
ストンと自分の腑に落ちる理由があるならば。

もう自分の中では
その仕事を降りることを決めている。
いろんな人、いろんなことの折り合いをつけるのは難しいけれど。

今朝の新聞に、
松浦弥太郎さんのエッセイの広告が出ていた。
「さよならは小さい声で」
なんか、読みたくなるタイトルだわー。






















 コメンテーター?の乙武さんと
女優の宮沢りえさんには、
誕生日が同じ、という共通項がある。

なぜ知っているかというと、
私も同じ誕生日だから(汗)。


レストランへの車椅子入店拒否騒動で、
評価を下げたように見える乙武さんと、
舞台の代役を見事果たし、
評価を上げたように見える宮沢さん。
(どちらも個人的な見解です)。


誕生日が同じということは
基本的な性格の共通点も多いはずだけど、
今回の出来事を通して、
おふたりの違いは何かと考えたとき、

「諦めることを、どれほど体験してきたか」が
ポイントになると思う。


乙武さんは著書でも語っているように
明るいご両親に
のびのびと育てられたようだ。
だから、自己肯定力がとても強い。
それは、生きるエネルギーの源になる
とても大切なものだ。

片や、宮沢さんは
シングルマザーのお母さんに育てられていて、
幼少時の家庭環境には
恵まれていなかったようだ。

もちろん、類まれな美貌と演技力で、
女優として長く第一線にいるのだから
彼女の自己肯定力もとても強いと思う。

ただ、宮沢さんは恋愛や結婚面では、
納得のいかないこと、
あきらめざるを得ないことを、
何度か経験しているのではないか。

「諦める」体験なんて、
本当は少ないほうがいいのかもしれない。
でも、誰しも人生の中で多くの「諦め」を経験し、
それをやり過ごしながら、生きていく。

進学、就職、結婚、家族、健康、社会的な地位・・・。
なんでも思い通りにいく人なんて、いるわけない。


タロットカードに例えると、
自己肯定力は「皇帝」のカードに近いかな。
言い換えれば自信、ポジティブさ、リーダーシップ。

でもカードが逆位置になると意味も変わる
行き過ぎた自己肯定力は、
自信過剰、傲慢さ・・になる危険を孕んでいる。


話を元に戻そう。
同じ誕生日の有名人おふたりが、
同じ時期に世間で話題になったということは、
この時期の牡羊座は、
星の巡り合わせ的に、
何かと目立ちやすかった・・ってことでしょう。

でも一般人の私は
特に目立つことも起きず、
穏やかな日々を過ごしています。ほっ(笑)。

















JUGEMテーマ:人生論
JUGEMテーマ:日常
 

いつもいつも・・・ではないですが、
既婚者の浮気した(された)の類のご相談は、
いわば占いのひとつの定番ジャンルです。


知人や友人で、
自分もしくは相手の浮気が原因で、離婚した人が何人かいます。
また、同じような状況でありながら、離婚していない人も何人もいます。

前者の理由はわかりやすいんです。
もうやっていけない。愛せない。

後者の理由は、わかりにくい。
(というか、ご本人があえてわかりにくくしているように感じます)。
もうやつていけいない。愛せない。「でも」経済的に無理、世間体がある、子どものために。

占う側としては、前者も後者もどちらも肯定する方向でお話を伺います。
そこに至るまでのご夫婦の歴史などを考えると、無責任なことは言えませんから。


不思議なのは
前者の多くは「大変だったけど別れてよかった」と言う人が多いこと。
時が経ち、苦労が過去形になっているからこそ、そう言えるのでしょうけれど。

病気に例えると、
きっぱり別れるというのは外科手術のイメージ。
切ったときは痛いけれど、やがて傷は癒えていく。

別れないという選択は内服薬的なイメージ。
薬で痛みを抑えながら、病気とつきあっていく。

どちらを選ぶにせよ、
最後にハッピーをつかむのは、
浮気した側でもされた側でも、
被害者意識を持たないひと、これに尽きると思います。



















































我が家ベランダの鉢植えシクラメンが、
今ごろになって色鮮やかに咲いている。

一昨年の冬に植えた3株のうち、
昨年まで生きながらえたのは1株のみ。

長方形の鉢に3つ植えていたのが、
1つになってバランスが悪いので、
昨年の冬に2つを買い足した。

ところが買い足した2つは
冬の始まりからよく咲いたが、
一年年上の株は深緑の葉っぱばかり豊かで、
ちっとも花が咲かない。

真冬の間、ときどき眺めてみたけれど、
葉っぱの下に固く小さな蕾はあれど、
いっこうに咲く様子がない。

そうこうしているうちに春になった。
冬が過ぎたらもう咲かないのかなーと思っていたら、
3月後半から、
その古株シクラメンの真っ赤な花が次々と咲き出した。

今では3つの株の中で
一番華やかに咲き誇っている。

春爛漫のシクラメン。
なんだか間抜けではあるけれど。

期待通りに咲いてくれる花は、もちろんうれしい。
でも、なんの期待もせず忘れていた花が、
涼しい顔で咲いているのは、それ以上にうれしい。

あまり気にしすぎないほうが
物事がいいほうへと動く場合がある。

言い方を変えると、
あまり気にならないことっていうのは、
自分の無意識の中で、
これは気にしなくても大丈夫! ・・・って
感じているのかもしれない。

宝くじなんかも、忘れていた券が当たったりするしね〜。

でもでも。
仕事の締め切りだけは別物(汗)。
忘れていたら、幸運はつかめない。。。。












 

JUGEMテーマ:日常

読売新聞の「発言小町」という人生相談サイトをよく見ている。

相談について、有識者ではなく
一般の人があれこれコメントを書く形式。
相談者もコメントする側も匿名。
なので、信憑性はどれほどかわからないけれど。

数日前かな。

働く母親が0歳の子どもを平日実家の母に預けており、
自分たち夫婦は週末のみ面倒をみている。
最初は朝、実家に子どもを預けて仕事に行き、
帰りにまた子どもを受け取るようにしていたが、
実家との距離が車で40分ほどあり疲れてしまうので、
平日は子どもを預けっぱなし? にしている。
このことを友人に話したら「有り得ない」と言われた。
私の子育てはおかしいですか?

・・・という相談があり、
それに対するコメントがすごくたくさん付いていた。

その大半が、
・自分の子どもは自分で面倒見なさい。
・赤ちゃんの可愛い時期、自分で子育てしないなんて気の毒。
・母親が幼い時にちゃんと育てない子は将来が心配。
・私は親も頼らずに仕事と子育てを頑張った。

・・などなど、相談者を非難するものだった。
正直、なにこれーって思った(汗)。

母親がどんなに手間ひまかけて育てたって、
子どもが問題起こすケースはいくらでもあるじゃん。

3歳までは母親が・・と今でも言う人が少なくないから、
働きたい母親がいろんな壁にぶつかっちゃうじゃん。


今年から貧困家庭の子どものサポート事業に
ほーんの少しだけ関わっているせいもあるのだけれど、
経済的にも社会的地位にも恵まれ、
夫婦仲の良い(表面的に?)家庭で、
両親の愛情を存分に受けて育つことだけを「良し」とする
最近の子育ての概念にどうも疑問を感じる。

貧乏だったり、ひとり親だったり、
両親が不仲な家で育った子どもは、
「良し」とはされないのか。
現実にはこういうケースはかなり多いと思うんだけど。


先の相談に対するコメントの中で、
ひとつ面白いなと思ったのは、
アジアの某国に住んでいるという人のコメント。

この国では両親が生活のために出稼ぎなどに出かけて、
 田舎で祖父母を子どもが育てるケースは珍しくありません。
でも、そういう子どもたちが、
母親に育てられた子どもと比べて、
成長した後に問題を起こすことが多いようには思えません。
多様な子育てを許す気持ちが、残念ながら今の日本にはないようですね。

相談者が、どんな仕事のどんなポジションにいるのか。
相談者の夫は、今の子育て状態をどう見ているのか。
実家の母親は、どんな気持ちで子どもを預かっているのか。
簡単な相談文からは、そのへんが見えてこないので何とも言えないけれど。

社会全体で子育てを・・・なんて言っても、
この相談についたおびただしい数のコメントを読む限り、
自分の子育ては自分で頑張るべきだ、
っていうのが今の社会の本音なんだろう。





















 

JUGEMテーマ:日常
 
「シニアシフトの衝撃」(ダイヤモンド社・村田裕之著)が面白かった。

特に印象に残ったのが
着せ替え人形、リカちゃんのファミリーに
おばあちゃんが加わったという下り。
http://licca.takaratomy.co.jp/products/20/20/ld17_1.html

56歳、花屋さんを営む母方のおばあちゃん という設定。

若くて綺麗すぎる! 
現役オーナーで仕事をしている! 
おじいちゃんは不在?

と、いつくかの「!」や「?」はあるものの、
このキャラクターが誕生した背景には

初代リカちゃんで遊んでいた少女たちが、
そろそろ孫をもつおばあちゃん世代に
突入してきたことが大きいそうだ。
孫と一緒にリカちゃんで遊ぶとき、
おばあちゃん役の人形も欲しいわ・・って声が
あったとか?

自分も含め、昭和30年代生まれが
そろそろ孫を持つ世代になっている。
これからのおばあちゃん、おじいちゃんは
団塊世代の、もうひとつ後の世代というわけだ。

そりゃそうだ。
60歳の人は10年経ったら70歳
70歳の人は10年経ったら80歳。
今の60歳の価値観や生活スタイルが、
10年後の60歳に通用するわけではない。


この本を読んで気づいたのは、
これからのシニアの未来は、
予想しづらい未体験ゾーン ということだ。

例えば育児の市場は、
年齢に合わせた変化がだいたい把握できる。
赤ちゃんが数年後には一年生になり、
その数年後には中学生になる・・というように。
小学生、中学生の生活環境や意識は、
先の世代が経験していることだから、概ね想定ができる。

でも、60歳の人が65歳になったとき、
ある人は現役でバリバリ働いているだろうし
病気や怪我で介護サービスを受けている人もいるだろう。
三世代同居で賑やかに暮らしている人もいれば、
諸事情でひとり暮らしになったり、
施設で暮らしている人もいるだろう。

そして、これらの近未来は、
本人の思い通りになるとは限らない。
健康状態、資産、家族との関係など、
さまざまな要因が絡み合っているから。

そう考えると、なんてスリリングなシニアの未来!
縁側で猫と一緒にひなたぼっこをするおばあちゃん・・の図は
もはや遠い昭和のノスタルジー?



まだ我が家に孫ちゃんはいないけれど、
リカちゃんのおばあちゃん、買っちゃおうかな(笑)。













公共交通の場合、
学生割引率はかなり高いと聞く
(使ったことがないのでよくわからないですが)

また映画のチケットも
学生割引がありシニア割引がある。

どちらも、社会で働いている20代の若者には使えない。
これってどうだろう?という問いかけが、
朝日新聞の投書欄にあった。

学生も仕送りが減っているとはいえ、
バイト代も合わせると
彼らの一ヶ月の収入は、
派遣や契約社員で働いている
同世代の若者より多いのでは?


乗車賃や映画代の割引って、
弱者をサポートするというより、
その商品を多く使う人のためにあるのだと思う。
そういう事情を考えると
割引対象の見直そうと一概には言えないけれど。

昔のように学生と高齢者が、
一概に働く世代より貧しいわけではない、ことは事実。






JUGEMテーマ:気になったニュース

自転車の前後に
子どもを乗せて走っていたお母さんが転倒し、
後ろの座席に乗っていた娘さんが亡くなるという
痛ましい事故が起きた。

母子三人乗り自転車の経験者じゃないと、
なぜ、そんな危なっかしい真似を・・と思うかもしれない。

車でスイスイ動ける地域で
職場、保育園、スーパーのいずれにも車で移動できれば、
こういうことは起きないだろうし、

夫や祖父母の協力があって
買物や保育園の送迎を手伝ってもらえる場合も、
こういうことは起きないと思う。

でもでも。
現実には車を母親専用に買うゆとりはなく、
職場、保育園、スーパーに車を置く場所もなく、
平日の子どもの送迎や買い物時に、
タイミングよく夫や祖父母が手伝ってくれることもなく、
母子三人乗り自転車で、
日々、仕事、育児、家事の綱渡りをしている母親は多いと思う。

だから車を運転しているとき、
母子三人乗りで走る自転車を見かけたら、
「フラフラ走って危ないなぁ、邪魔だなぁ」と文句をいうのではなく、
そうせざるを得ない、今の社会の子育て事情にまで思いを馳せたい。
それくらいしか思いつかない。














 

 NHKの「ファミリーヒストリー」という番組が好きだ。
http://www.nhk.or.jp/program/famihis/

著名人の親兄弟などのエピソードを綴るもので
昨日は柳家花緑さんの祖父、柳家子さん師匠の物語だった。

あるお寺の豆まきに柳家花緑さんがいらして落語を聞いたことがあり、
既に亡くなられた小さん師匠も、
子どもの頃からよくテレビで拝見していたので、
どんな物語かなぁ、と興味深く観た。

なんと、小さん師匠は10代の少年兵の頃、
2.26事件のクーデーターを起こした軍隊の一員だったという。
あの温厚な笑顔とは結びつかない意外な一面。

ここから話が脱線するのだけれど。

恥ずかしながら2.26事件について
とおりいっぺんのことしか知らなくてく(汗)
昨夜のテレビを観て、
改めてその事件が歴史に刻んだ爪痕の深さを知った。

小中高の歴史の授業は、いつも縄文弥生時代から始まる。
そのあと古代、中世くらいまでは比較的ゆとりのある時期に習うので、
まあまあ頭に入る。

でも幕末以降、特に昭和史になると
年末から年明けの慌ただしい時期で、
先生も生徒も、駆け足で授業を消化していた気がする。
私の昭和史の知識、記憶が薄いのは、
そのせいもあるのではないかしら。

縄文弥生など遠い過去の歴史も大切なんだけど、
変化が激しい今の時代には、
自分たちの親、祖父母世代が生き抜いた
リアルな昭和史を詳しく学ぶほうが、役に立つのでは。
近隣のアジア諸国との問題を考えるヒントも、
近い過去の歴史の中にたくさん詰まっていると思う。

だから、歴史の授業のベクトルを逆にして、
現在から過去に遡っていくように進めたらいいのに・・・と
実は密かに思っている。

ま、大人になってからでも
個人的に勉強し直せばいいんですけどねぇ。






























JUGEMテーマ:日常
 

体罰問題で大阪市の高校が揺れている。
橋下市長のやり方に
「そこまでしなくても」と反発する声も多いようだ。

その高校への入学を目指して頑張ってきた受験生や父兄。
その高校で充実した日々を過ごしてきた生徒たちや父兄。

そういう人たちまで巻き込むやり方を
非難する声が上がるのはわかる。

でも同時に、
そこまでしないと何も変わらないんじゃないの?という
疑問もわく。

人は、当事者にならないと、深く考えない生きものだ。
少なくとも自分はそうだ。
いろんな問題や悲しみの渦中に身を置かない限り、
多くを考え、感じることはできないと思う。


子どもの頃、学校は好きだった。
個人的に好きな先生もいた。
でも、教師という人種は「うさん臭い」と感じていた。
なぜだろう・・・。
















Calendar

S M T W T F S
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Link

Profile

1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
詳しくはこちら

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM