JUGEMテーマ:日常

雑誌の取材で、
お寺の本堂を設計した若い建築家に会った。
彼はそのお寺の住職でもある。

いわゆる伝統的な寺社建築とはかけ離れた
明るく開放的でモダンな建物は、
あちこちから注目されており、檀家の評判もいいとのこと。

建物の趣旨や設計のポイントなどひととりお聞きした後、
本堂の隅にある緻密な建物の模型に目がいった。

「このデザインが、地域や檀家の方に、
 最初からすべて受け入れられたわけではありません。
 だから、この模型を使って、一人ひとりに建物の詳細を説明し、、
 なぜこのデザインにしたのか?という私の想いをお話させていただきました」。


スタイリッシュに生まれ変わった本堂では、
音楽ライブなどのイベントも開催されており、
若い住職のしなやかな発想やスマートな立ち振る舞いが目立つ。

けれどもその背景には、
宗教界や地域の保守的な考え、しがらみにぶつかりながらも、
誠意をもってそれらを解きほぐしながら進む、
彼の地道な努力が見え隠れする。

洗練された建物や、彼のおしゃれな風貌は、
既にあるネット上の写真やテキストで、
ひととおり知ることができる。

でも、実際にその場に行って、そのひとと言葉を交わさないと、
わからないことがたくさんある。

だから、私はやっぱり人に会うのが好き!
これは、広告の取材でも占いでも同じ。

今度はどんな人に会って、
どんな話を聞かせてもらえるのかな。
その話を、わたしはどんなふうに受け止め、どんな答えを返すのかな。

そんなことを楽しみにしながら、
日々を生きられることが、
わたしにとっては、格別のしあわせなのだ。



















 

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「陽だまりの彼女」を観た。

おおまかなストーリーは把握していたが、
予想以上に佳い映画だった。

事情があって、生きる時間が限られているヒロイン。
…というと難病ものが多いんだけど、これは違う。

過去のいろいろな伏線もあり、
普通のラブストーリーとは少し違うけれど、
オフィス、地下鉄、公園、団地、海辺など、
ごくあたのまえの風景の中に、
ふたりが居るシーンがていねいに描かれていて、
恋するふたりが、一瞬一瞬を大切にしているのが伝わってくる。

特に、ヒロインの透明感がとても秀逸。
それは、ヒロインが、
普通の人間のように多くの欲望や不満をもっていないからだと思う。
「大好きな人と一緒に居たい」。
ヒロインの望みは、その一点だけなのだ。

「そういえば私も、彼女みたいな気持ちになったこと、あったな」。
「昔の彼が、あんな顔したこと、あったな」。

映画で描かれている何気ない日常のシーンに
「はっ!」としたり、胸が「キュン」とするのは、
そのとき、私たちの心から、
現実を生きる誰もが抱えているさまざまな欲望や不満が、ふっと消えるから。

秋から冬へ。
少しずつ弱まっていく優しい日射しの中で、
この曲を聴きながら、物語の場面を思い出してみたくなる。
http://www.youtube.com/watch?v=689c5U3kgR8

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ご近所の家の「かりん」の実。
たわわな実りが楽しみ。


仕事柄?「夢をかなえる方法」関連の本を何冊か読んでいる。

表現方法はさまざまだけど、
共通しているのは、
強く、具体的にイメージしたほうが効果的・・・ってこと。

本当に効果があるのかどうか、
自分の人生を振り返りながら考えると、

小学校時代の夢は少女漫画家・・・これは画力がなくて断念!
中学校時代は特になく、
高校時代の夢は、何かの作文に思いつきで「編集者」と書いた。
そして専業主婦時代に応募したとある仕事の一時試験では
小論文の1行目に、
これも深い根拠はなく「コピーライターになりたい」と書いた。

地方在住で四大卒でもない自分に、
そんな仕事があるわけないだろうと当時は思っていたが、
いつのまにかそんな仕事に就いている。

そして「占い師になりたい」と何かに書いた記憶もない。
でも、今こうしてその仕事に就いているところをみると、
いつか、何かに書いたのかもしれない。

・・となると、
想いを言葉や文字にすると叶うというのはホントなのか?ウソなのか?

他人のことはわからないが、
自分に限っては「こんな仕事に就きたい」という夢や想いが、
すごく強かった・・とか、こだわりがあった、わけではない。

ただ、泉の湧水のように、なんとなく、
心の奥底からすーっと湧いてきたものだ。
そういうものが、たまたま自然と言葉や文字になると、
それは現実のものになるのではないかしら。


世の中、夢や願望が明確なひと、想いが強いひとばかりではない。
また、その時々のコンディションによっても、「想い」の強弱があると思う。
だから、具体的なイメージや想いがうまく浮かばないときは
無理をしなくてもいいと思う。

「夢をかなえる」系の本でどなたかが書いていた。

どんなふうになりたいか
よくわからない時は、
自分と自分の周りのひとたちが、
にっこり笑っている様子をイメージしていればいいんです。

この言葉、いいんじゃないかな。


















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2020年の東京オリンピック開催が決まった。

FBを見ると、
7年後の自分の歳、
子どもの歳を考えて思いを巡らせている人が多い。

オリンピック開催の影で、
震災や原発事故、高齢社会、貧困や格差問題など、
幾多の課題がスルーされてしまうのではないかという
懸念も多い。

今、日本人の平均年齢は40代前半くらいかな?

1964年東京オリンピックの年に生まれた人が49歳。

わたしはそれ以前に生まれているけれど、
自分の記憶としてはっきりオリンピックを覚えているのは、
中学生の頃の札幌冬季五輪あたりから。
それより幼かった頃の記憶は曖昧だ。

だから日本人で
東京オリンピックに向かう時の社会の高揚感を知るのは、
当時、少なくとも10歳以上だった人たち、
今の60代以上になるのではないかしら。

そう考えると、
50代以下のすべての世代にとって、
自国でオリンピックを開催することも、
それに向かって社会が変わっていくことも、
初めての体験だ。

上の世代から聞かされる自慢や回顧録や説教ではなく、
いいことも、よくないことも、
何もかも、自分たちが現実として体験できる。
これは凄いことだと思う。

そして、
2020年の東京オリンピックの歴史が始まることによって、
1964年の東京オリンピックに端を発し、
半世紀近く、社会や個人の中に
生き続けてきた(蔓延っていた・・とも言える)
日本の高度経済成長の物語が、
ようやく過去形になるのではないかと思う。


個人も社会も国家も、
古い物語を終わらせるためには、
それを歴史の中へと片付けられる、
新しい物語をつくることが必要なんだ。

そんなことをふと思った。













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友人Kちゃんと、
友人Oちゃんのお見舞いに行った。
2度の入退院を経て、
前回会ったときより
顔色がよかったのでほっとした。

病気の話はほとんどしなかった。

それぞれの家族の話、仕事の話、これからのこと。

「なにそれー」「へーっ」「あんたらしいねー」
Oちゃんが元気だった頃、
3人でビールを飲みながら、
街の居酒屋で話していた時と同じ感覚が戻ってきた。


帰り際、Oちゃんは玄関の外に出て、
私たちの車が動き出すまで手を振ってくれた。
そんなに遠くない距離なのに
「わざわざ来てくれてありがとね」って言いながら。

その後Kちゃんにわが家に寄ってもらい、
なんだかんだと雑談をしてKちゃんが帰るとき、
私は玄関のドアのところで、
「じゃあ、またね」と、かなり雑に!彼女を見送った。
彼女も「じゃあねー」って、さっくりと。

道端でずっと手を振ってくれていたOちゃんに比べて、
なんていい加減な別れ方(汗)。

自分も相手も健康で元気で、
いつでも会える、また会える、って
思っているからかなぁ。

離れた街で暮らす子どもたちが帰るときも、
「じゃ、またね」でおしまい。
それは、またいつでも会えると、
お互いが何の疑いもなく信じているからなのだ。

今日、ずっと手を振ってくれたOちゃんが嬉しくもあったけど、
いままでのように、簡単に「またね」って言うだけで済む、
そして、本当に、いつでも簡単に会えるかんじ、に戻るといいな。

















 

 

私の少女時代は昭和40年代。

高度経済成長真っ只中で、

少年少女向けの雑誌も

右肩上がりに勢いを伸ばしていた頃。

 

マーガレット、少女フレンド、りぼん、なかよし…etc

それら少女向け週刊誌や月刊誌の末尾に近いページに、

必ず載っていたのが「占い」だった。

記憶は曖昧だが、12星座の星占いがメインだった気がする。


おそらく、同世代の少女たちの多くは、

こういった雑誌の占いページで「占い」というものと、

初めて出会っているのではないかしら。

 

そうそう、タロットカードを知ったのも、

少女雑誌の付録についていたタロットカードがきっかけ

・・・という話をよく聞く。

 

初恋やファーストキスを経験する、もう少し前。

小学校高学年くらいの年頃に

多くの女の子たちが「占い」と出会っている。

 

そして少女雑誌の「占い」コメントに、

間違っても辛辣なこと、ネガティブなことは

書かれていないはず。


だから少女たちは、「占い」というものをごく自然に、

好意的に受け入れられたのでは?と思う。

 

一方、少年雑誌に「占い」が載ってたなんて話は、

今もって聞いたことがない。

 

「占い」と出会う時期、出会い方。

それが世間一般に言われる

「女は占いが好き」「男は占いが苦手」

※あくまでも一般論
・・・につながっているような気がするなぁ。

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初対面の人に会うとき、
わたしが大切にしているのは、
その人の「背景」が、
すーっと入ってくるかどうか。

広告や雑誌の取材はもちろん、
占い鑑定のお客様と会うときも、
「それ」を大事にしている。

「背景」というのは、
その人のそれまでの人生の来し方、
歩み、物語・・と言えるかなぁ。
といっても、大げさなものではありません。


知名度の高い方に会う場合は、
ネットで事前に
略歴などのプロフィールに目を通しておく。
経営者の場合は、
経営理念やトップの挨拶文も、
頭に入れておく。

でも、それだけでは「背景」は見えない。

「この仕事に就く前は、○○で働いていたんです」
「結婚して、妻の実家があるこのまちに来たんです」
「しばらくプータローだった時期があって」
「父が亡くなって、この仕事を継ぐことにしました」

そんなさりげない本音を少しでも聞けると、
その人の「背景」が
急にリアルなものになってくる。

たぶん、そういう時には
聞く側のわたしも、
こんな人間ですよ・・・と、
自分の「背景」を雰囲気として
相手に伝えているのかもしれない。


言い方を変えると
お互いの「背景」が感覚としてわかりあえれば、
その場で一気に信頼関係が深まり、
取材も占い鑑定もいい方向へと進む。


これは講演会などでも同じ。
講師の方の言葉の一端から
「背景」が伝わってくると、
その人の話にぐんぐん引き込まれる。

逆に「背景」を無理して、
作っているように感じると、
なんともいえない「違和感」が残る。

もちろん病歴や転職歴、離婚歴など
初対面の人や公の場で、
堂々と語りたくないことはあるだろう。

それをこと細かく言う必要はないけれど
「こう見えても、いろいろあったんですよー」と、
軽くひとこと言ってくれるだけで、
その人の「背景」の厚み、深みが見えてくる。



ところで、「恋愛感情」が絡むと、
相手の「背景」を見極める目が曇ることがある。

相手から聞く話に違和感を感じても、
「彼は私に優しいし、愛してるって言ってくれるし」と
その違和感を無理に打ち消してしまうことがある。

でも往々にしてその違和感は、正しいことが多い。

今、あなたの目の前に居る人の「背景」は、
あなたの心にすーっと馴染んていますか?


※写真は三島楽寿園の夏木立。夏もそろそろ終わりです。





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今まで「風立ちぬ」といえば、
堀辰雄の小説から、
高原、サナトリウム、結核・・のイメージしかなかった。
そして、松田聖子の初期のヒット曲。
これは松本隆の詩が極上。

でもこれからは、
昨日見た宮崎駿の「風立ちぬ」が
イメージに深く刻まれていくと思う。

のどかで美しい
昭和初期の日本の田園や里山の風景。

それに見惚れていると、
そんなのは夢だよ、とあざ笑うかのように画面は変わり、
地震や戦争で破壊された街並みの風景が映し出される。

この映画では飛行機がモチーフだけれど、
科学技術の英知がもたらす素晴らしさと、
愚かさ、残酷さという意味では、
原発も同じではないのか。

宮崎監督は、
この作品を最後に、
もう映画を作らないんじゃないかな。

なんとなく、そんな気がした。


http://www.youtube.com/watch?v=dZzO_AtkUu8

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人気の朝ドラ「あまちゃん」で、
東京へと旅たつアキちゃんを見送る
母親のハルさん(キョンキョン)が、
「あんた、こっちでみんなに好かれていたからねー」と
手を振るシーンがある。

アキちゃんを励ます言葉として、
とてもいい台詞だなあと思った。

老若男女を問わず、
地元の人たちに愛され、
可愛がられていたアキちゃん。

「愛されていた」というのは
少し面映くても、
「好かれていた」ならば、
すんなり入ってくるのではないか。

※この場合の「好き」は恋愛感情以外のものも含みます。


最近、仕事上でトラブルがあり
しばらくモヤモヤしていた。

それに答えを出すように背中を押してくれたのは、
「好きな」友達たちの言葉や気持ちと、
過去の自分や家族、友達の写真だった。

同じ時期に、たまたま
過去20年分ほどのプリント写真を整理して
新しいアルバムに移す作業をした。

若い頃の自分や家族、友達。
幼い頃の子どもたち。

たわいもない写真ばかりだけれど、
この写真を撮ったとき、
自分はこの人たちを「好いて」いたし、「好かれて」いた。
その積み重ねの上に、
今の自分がいるんだと思ったら、
不思議な自信が湧いてきた。

そう思ったら、
人生の残り時間は限られているのに、
こんなことで
モヤモヤしているのはもったいない!と。

自分が出した答えが、
他の人にとっての正解かどうかはわからない。
でも、自分にとってはいい答えだった。

人は、人間関係や仕事で煮詰まったとき、
自分はこの程度なんだからしょうがない、
責められても仕方ない・・と、
自分を卑下してしまうことがある。

これが進むとモラハラ、パワハラの世界。
自分が悪いから責められるんだ・・となってしまうと、
悪しきコントロールの世界にはまってしまう。


そんなときは、
今までの人生で自分が「好いた」人
自分を「好いてくれた」人の存在を思い出すと、
いいんじゃないかな。

誰しも好き嫌いや個性があり、
利害関係もあるから、
自分と関わるすべての人を、
常に「好き」ではいられないかもしれない。

それでも、
「好きな」人、「好いてくれる」人をひとりでも
多く見つけられれば、
それだけで人生はオッケーなのではと思う。






















 

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ブログやSNSで
マメにしかも長期的に
情報を発信している人はけっこう多い。

立場を変えて読む側に回ったとき、
面白いのはどんな読み物かな、と考えた。

あくまで個人的な意見だが、
仕事や趣味をアピールしながら、
そこに書いている「わたし」の日常や考え方が
ちらちらと見え隠れしている文章が好きだ。

正論をスマートにまとめていても、
そこに「わたし」が見えないと、
単なる宣伝広告としか思えない。

こういうビジネスを考えるのはどんなひと?
こういう趣味を極めているのはどんなひと?

そんな好奇心をも満たしてくれるのが、
ブログやSNSのいいところではないかしら。

言い換えれば、
書き手と読み手の距離を
近づける配慮がなされているかどうか。

理路整然とした書き手が、
くすりと笑える子どもネタを書いていたり。

その道ではキャリア十分の書き手が、
うまく焼けなかったクッキーの写真を載せていたり。

ただし、それが行き過ぎると
個人情報や守秘義務、誹謗中傷など
いろんな壁にぶつかってしまう。

要は、格好つけて完璧な仮面をかぶるのも良くないし、
無防備に「わたし」を出しすぎるのも良くない、ってこと。


モテるプログやSNSの秘訣は、
裸は見せずに、下着をチラリ?

今人気の壇○○さんみたいだねっ!













 


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1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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