桜満開、入学式シーズン。
両親が、この時期に産んでくれたことをうれしく思う誕生日。

けれども今年の気分は花曇り。晴天ではない。
それは、昨年春から同居している実母(90歳)につきあうのに、
ホトホト疲れているからだ。

要支援2のレベル。
身の回り事はできて認知症ではない、身体も特に悪いところはない。
でも、心身ともに高齢化の悪影響が出まくりだ。
若い頃の母の中にもあった、嫌な部分、ダメな部分がどんどん大きく、強くなっている。
ひとこと何か言えば、まったく違う話へと発展して10倍くらい話が続く。
自分と気が合う友人がいない、似合う服がない、部屋の間取りが気に入らない、何かにつけて文句ばかりいう。
テレビと新聞ばかり見ているので、聞きかじりで消化不良の情報を鵜呑みにして繰り返す。
最近通っている病院では、高齢者をちやほや!しないので、それも不満の種である。

高慢で見栄っ張り。そのくせ思慮が浅い母はもともと苦手だった。
だから20代で結婚して実家を出てからは、厄介な母の対応は温厚な父に任せていた。
しかし、その父も昨年亡くなり、90歳目前のひとを一人暮らしというわけにもいかず。
お婿さんでもないのに、同居を受け入れてくれた夫には感謝している。

以前は、デパートなどに一緒に買物に行くのがそんなに嫌ではなかったけれど、
今はもう、1対1の介護サービスだと思って買物に付き合うようになってきた。
車に乗るときは、タクシーのようにいつも後部座席に座るのだが、
耳が遠くなったのか、大声を張り上げてしゃべり続けるので
ラジオや音楽のボリュームを上げて、母の声が聞こえないようにして運転している。

なんでも自分を基準にするので、50代の私や夫を「若いひと」扱いする。
もう50代後半なのだから、いいかげん自分が高齢だと思って生きたい。
いったい、いつまで子どもの役割、娘の役割をやらせれば気が済むのだろう。

ちなみに義母は93歳。施設に入居してはや7年。
認知症は悪化しているが、とりあえず身体は元気。
こちらは近所に住む兄夫婦がサポートしてくれているので、夫と私は何もせずに甘えている。

何がどうなるわけでもなし、
介護で私よりもっと追い込まれているひとはたくさんいるし。

ただ、あと数年、十年たった時に、
こういう思いをするひとが少なくなっているといいなあと思う。
それは、やがて老いていく自分への戒めでもあるのだ。



















 

お正月以降、ずっと忙しかった日々が、年度末にきてようやく落ち着き、
一泊二日で夫実家の用事と併せて栃木県・那須高原へ行ってきた。

東海道沿い、中部地区生まれの私にとって、東京以外の関東地方は未体験ゾーン。
見慣れた富士山周辺の景色からだんだんとビルが増え、
首都圏を抜けると今度は一面の田畑が広がる関東平野へ。
車で走ると日本も狭いようで広い。

初めて訪ねた那須高原は、伊豆高原や軽井沢と似た雰囲気。
ひと昔前のメルヘン?な建物や空き別荘もちらほらあったけど、
まだまだリゾート地しての現役感!が漂っていた。
山奥の温泉に泊まったせいか?外国人客が誰もいなかったのも、
今の時代ではぎゃくに新鮮だった。

観光スポットはどこも似たようなもので、
特にテンションが上がることはないんだけれど、
地元では見かけない形をした山々の尾根、芽吹く直前の広葉樹の森、
熊笹だけが繁る山道を延々と走っている時に、
ああ、いつもとはちがう場所、土地にいるんだなーという、妙な旅人気分を味わえた。
電車、車、自転車、徒歩。
それぞれに進むスピードは違うけれど、
目の前を通り過ぎていく景色こそ、旅の醍醐味かなあと思う。

あ、本題はなんだっけ。

目まぐるしく移り変わるのは旅の車窓ばかりではなく、
今年2016年の世の中だ。
昨日のニュースをかき消すかのように、今日のニュースが流れ
ネット上のいろんな書き込みも、打ち込まれてはかき消され、の繰り返し。

個人的意見として、
最近のニュースで、もっとも腹が立ったのは、女子中学生監禁事件。
哀しいなと思ったのは、障害をもつ有名人のスキャンダル。

明日で今年も1/4が終わり、新年度4月がスタートする。
新しく始めたいことが、ひとつかふたつ。
今やっていることとのバランスも考えながら、無理なく世界を広げたい。









 

JUGEMテーマ:日常

2月、3月は
地元のテレビ番組でちょこっと紹介させて頂いたおかげで、
タロット占いの鑑定依頼がとても多かったです。
ご相談にいらしてくださった皆様、ありがとうございました。

相談者のみなさまの年齢、職業、家族構成などは多様で、
今は若い独身女性が恋愛相談、、、というような定型はなく、
若い方が仕事や健康面の相談、シニアの方が恋愛の相談、というのも多いです。

唯一共通点があるとしたら、
ご本人が意識していなかった水面下の課題や悩みが、
カードを介してあれこれお話していくうちに、
ふわーっと浮上してくるということです。

ご自分ではうまく言葉にできないこと、整理できないことを、
カードの力を借りて言葉にし、整理する、のが
占い師としての自分の役割かな、なんて思います。

ただ、中には心のガードが固い、というのかな。
最後までポーカーフェイスで、
お顔に本音が出ない(出さない)方も、たまにいらっしゃいます。
反対に、少しお話しただけで、抑えてきたものが溢れてくるのか、
涙ぐむ方もいらっしゃいます。

一期一会、数十分の対面ではありますが、
見知らぬ私を訪ねてくださる方々との対話、
コンディションを整えて、常にベストな状態で臨むようにしています。

がんばって働いてくれている?カードも
たまには癒してあげないとね。










 

JUGEMテーマ:日常

以前、タロット占いの講座を開いていた
カルチャーセンター2社の担当者さんと
お話をする機会があった。

最近は以前のように3ヶ月、半年という連続講座だと
人が集まりにくく、
どうしても単発のお試し講座的なものが増えているという。

読売新聞の記事で、
首都圏ではいろんなカルチャー講座が体験できる
共通チケットみたいなものが女性に好評だという。

若い人の年収も減っているし、
目新しいカルチャー講座のコンテンツは次々と出てくるし、で、
昔のように、茶道や華道、洋裁を○年コツコツと習ってます!
みたいな人は減っているんだろうね。

でも、あれこれつまみ食いして
一時の空腹は満たされても、
結局、ちゃんと食べたことにはならない。

私は昔から、
望みをかなえるには
時間もお金も、
ある程度投資しないとダメだと考えている。
だから1回きりのカルチャーつまみ食いはしない。

もっとも、半年くらいやって、
あ、やっぱり向いていないかも?と気づき、
そこでやめたものがひとつ、ふたつ、三つ…くらいある。
ならばもっと早く気づけよ!って(汗)。

話がズレてきましたが、
何かやってみいたことができたならば、
一度きりの体験教室で終わらせないで、
せめて2回、3回は通ってみるといいと思う。

カルチャーやセミナーなどの
つまみ食いばかりしているのって、
自分が本当に食べたいものがよくわからずに、
スイーツなど口当たりのいいものばかりを食べて
おなか一杯にする感覚に似ている。

それがあんまり好きじゃないのかもしれない。


















 

国民的アイドルグループの騒動について
なかなか腑に落ちるものがなかったけれど、
これはなかなか言い得て妙。

「奴隷はなぜ逃げないのか」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160119-00010005-agora-soci

誤解を招く言い方かもしれないけれど、
結婚、出産、独立は、ある程度の歳までに済ませたほうがいい。
自分の経験からは30歳前後が適齢ではないかと思う。
それは、頭も体も心もまだ柔軟性があり、
いろんな意味でやり直しがきくからだ。

実は十数年前、Nくんがパーソナリティを務める
ラジオ番組に出演させて頂いたことがあり、
当時20代後半だった彼の落ち着きと頭の良さを間近で見て、
この人は本当にスターなんだなぁと思った。

あの時の彼が放っていた独特のオーラを、
今も忘れてはいない。

彼らは、アイドルという名の飼い犬のポジションに、
長く居過ぎたのではないか。







 

最近、交友関係に新しい風が入りつつ。
自分とは世代も仕事も価値観も違う人たちと、
個人的にゆっくり話せる機会に恵まれていて嬉しい。

で、先日会った人との雑談から。

友人で、SNSの「いいね」を押し続けているうちに
毎日午前中が終わるっていう人が居るのよ。
なんなんだろうねー。

なるほど。
例えば100人前後のコメントを観て
それにいちいち「いいね! 」を押していたら
けっこうな時間を消費することになる。

中には、
あちこちにマメにコメントを書き込んでいる人もいるから、
そういう人はもっと時間を使っているんだろう。

私もそういうことのないように自粛?しているつもりだけれど、
SNSの類を一切やらないオットに言わせると、
「そんなにしょっちゅう観て何が楽しいのかわからない」。

今年はSNSの書き込みは極力減らして
こちらのあまり多くの方の目に触れそうもない?ブログに
自分の思ったことや考えたことを書こうと思っている。

ゲームもSNSも人の好みはそれぞれだけれど。
そんなことばっかりやっているうちに
気がついたら日が暮れていた…。
なーんていうのは、ちょっと嫌だな。












 

国会議員夫婦の男性が
育児休暇を取りたいと申し出て話題になっている。h
ttp://www.asahi.com/articles/ASHDQ5DCRHDQUTFK00T.html

概ね、子育て背世代の女性は賛成で
中高年男性からは反対の声が多いとか。

経済的にも社会的にも恵まれているからできることだ
(一人親家庭や中小企業勤務、非正規雇用では不可能なことだから)と、
妬みを含めて言う人もいれば、
アッパークラスの人がこういう考え方をすることから、
社会の概念を変えるきっかけになると賛同する人もおり、
自分たちは定年まで家庭の事情で仕事を休むことなどなかったのに、
男が国会議員という大切な仕事を放り出すなんて
有権者に対して無責任だという人もいる。

それぞれの立場、価値観が透けて見えていて面白い。
が、大切なのは主観と客観をごちゃまぜにしないことではないかしら。

客観的に観れば、
男性の育児休暇取得推進のきっかけになる、好ましいことなのだろう。
主観的に考えれば、
自分のまわりで実際に育児休暇をとる人がいたら、
その人が抜けた分の仕事のフォローで、他の人が不満をもつことはあるはず。
育休後に復帰できる安定した仕事や職場がない人は、
そういうことができる公務員や大企業勤務の人を
冷ややかな目で見る気持ちもわかる。

この話題には、
いろんな立場の人の、
いろんな本音や建前が入り混じっていると思う。

私自身、既に子育てから離れている今だから
客観的に考えられるけれど、
自分がこれから子育てをする世代で、
夫婦ともに育休がとれる環境にいなかったらどうかなぁ。

この話題の行く末、落ち着く先を見守っていきたい。














 














長年、広告コピーや原稿に関わる仕事をしているせいか、
たまに、無意識の湖の底から、言葉がふわーっと浮上してくることがある。
副業の占い師業のときに使う(書く)言葉は、特にその傾向が強いかな。

今年の元旦に浮かんできたのは、タイトルの言葉。
「働く、休む、楽しむ」。
たぶん、今年のわたしを現わす言葉になると思う。
「休む」なんて言葉が二番手に出てきたのは意外だったけど、
この年齢になって、
ようやく「休む」ことの重要性がわかってきた証かもしれない。

切手を買いに立ち寄ったコンビニの前で、
60代くらいの女性が80代の女性を必死で引きとめていた。
「おばさん、家に帰ろう。
ここまで出て来ちゃだめだよ。家がわからなくなっちゃうよ。」
無反応の女性は、たぶん認知症なのだろう。

初詣とか成人式といった華やかな話題のすぐ隣に、
こういう現実がゴロゴロしているのが今という時代。

人間社会のあれこれに何も動ずることがない、
穏やかな新春の海を眺めながら、
自分や家族のこれからを考えてみたりもする。







 

2016年(平成28年)の幕開け。
穏やかな元旦に思う今年のテーマは
「想像力を深める、そして感謝できることを見つける」。

昨年春に高齢母との同居を始めてから、
もう、ほんとに、予想していた以上に衝突や苛立ちの日々で、
揚げ句に、こんなに母を嫌う自分まで嫌い、になりそうだった。
一方では、一昨年に亡くなった親友、昨年初夏に亡くなった父を思い出すことも多く、
父や親友のおかげで、今の自分があるのかなーと気づくことが増えた。

30代から40代前半くらいまでの間、
平凡で退屈なお正月は嫌いだった。
親しくもない取引先や親戚に、愛想笑いしてつきあう宴席も嫌だった。

でも今は違う。
晴れわたる青空を見上げながら、
あたたかな部屋で静かに穏やかに新しい年を迎えられることも、
いろんな人から年賀のあいさつを頂けることも、
それは、自分以外のいろんな人たちのおかげなのだ、としみじみ思う。

もちろん、今だって母には不満が募っているし、
家族や友人知人に対しても不快感や嫉妬を感じることはある。
それでも、その人の背景というか、
どんな人生を辿ってきて、どんな人生を生きているのか?に想いを巡らせると、
不思議とネガティブな感情が消えていく。

仕事で成功している人もそうではない人も、
家族や恋人、友人とうまくいっている人もそうではない人も、
実際に会って話したり、SNSで多くを知った気になっても、
私たちが見ている他人の姿なんて、その人のほんの一部に過ぎない。
実際には、その人にしかわからない苦労や葛藤、悲しみがある。
だからこそ、彼や彼女が他人に見せない部分を、あれこれと想像するゆとりを持ちたい。

その想像力こそが、自分以外の人に心から感謝する、という行動につながると思うから。






 

JUGEMテーマ:日常
TBSの「流星ワゴン」を毎週観ている。
生者と死者の不思議な交流。
下手にまとめようとしない、
散らかりっぱなしの人間関係がリアルでいい。

珍しく夢を観た。
年末に亡くなった親友を含めて
いつもの仲良しグループでどこかで会っていた。

夢の中で親友の指に触れた。
なんか感触が不自然で
そして、彼女はあまり笑っていなかった。

目覚めてからふと思い出した。
あの指は、
彼女がこん睡状態の時にお見舞いに行って、
ベッドの脇からそっと触れた指先だ。

あたりまえだけど、
同性の友達同士だから、
長き付き合いの中でも、
相手の体温を感じるような場面はあまりなくて。
今となっては、
元気な頃の彼女の指先のあたたかさを知る術はない。

人はこうして、
もう、取り戻せないものを増やしつつ、
生きていくのかな。

50代も後半になってくると
「新しい」ことに対して腰が引けるというか、
もう、何も「新しくならなくていい」って気もする。

でもそんな想いとはうらはらに
生活環境も公私の人間関係も
そして自分の興味の向く方向も、
常に「新しく」更新されている。

この春はその「新しい」流れがかなり激流っぽい。
泳ぎ切れるのか、心配ではある。







 


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1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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