国民的アイドルグループの騒動について
なかなか腑に落ちるものがなかったけれど、
これはなかなか言い得て妙。

「奴隷はなぜ逃げないのか」
http://zasshi.news.yahoo.co.jp/article?a=20160119-00010005-agora-soci

誤解を招く言い方かもしれないけれど、
結婚、出産、独立は、ある程度の歳までに済ませたほうがいい。
自分の経験からは30歳前後が適齢ではないかと思う。
それは、頭も体も心もまだ柔軟性があり、
いろんな意味でやり直しがきくからだ。

実は十数年前、Nくんがパーソナリティを務める
ラジオ番組に出演させて頂いたことがあり、
当時20代後半だった彼の落ち着きと頭の良さを間近で見て、
この人は本当にスターなんだなぁと思った。

あの時の彼が放っていた独特のオーラを、
今も忘れてはいない。

彼らは、アイドルという名の飼い犬のポジションに、
長く居過ぎたのではないか。







 

最近、交友関係に新しい風が入りつつ。
自分とは世代も仕事も価値観も違う人たちと、
個人的にゆっくり話せる機会に恵まれていて嬉しい。

で、先日会った人との雑談から。

友人で、SNSの「いいね」を押し続けているうちに
毎日午前中が終わるっていう人が居るのよ。
なんなんだろうねー。

なるほど。
例えば100人前後のコメントを観て
それにいちいち「いいね! 」を押していたら
けっこうな時間を消費することになる。

中には、
あちこちにマメにコメントを書き込んでいる人もいるから、
そういう人はもっと時間を使っているんだろう。

私もそういうことのないように自粛?しているつもりだけれど、
SNSの類を一切やらないオットに言わせると、
「そんなにしょっちゅう観て何が楽しいのかわからない」。

今年はSNSの書き込みは極力減らして
こちらのあまり多くの方の目に触れそうもない?ブログに
自分の思ったことや考えたことを書こうと思っている。

ゲームもSNSも人の好みはそれぞれだけれど。
そんなことばっかりやっているうちに
気がついたら日が暮れていた…。
なーんていうのは、ちょっと嫌だな。












 

国会議員夫婦の男性が
育児休暇を取りたいと申し出て話題になっている。h
ttp://www.asahi.com/articles/ASHDQ5DCRHDQUTFK00T.html

概ね、子育て背世代の女性は賛成で
中高年男性からは反対の声が多いとか。

経済的にも社会的にも恵まれているからできることだ
(一人親家庭や中小企業勤務、非正規雇用では不可能なことだから)と、
妬みを含めて言う人もいれば、
アッパークラスの人がこういう考え方をすることから、
社会の概念を変えるきっかけになると賛同する人もおり、
自分たちは定年まで家庭の事情で仕事を休むことなどなかったのに、
男が国会議員という大切な仕事を放り出すなんて
有権者に対して無責任だという人もいる。

それぞれの立場、価値観が透けて見えていて面白い。
が、大切なのは主観と客観をごちゃまぜにしないことではないかしら。

客観的に観れば、
男性の育児休暇取得推進のきっかけになる、好ましいことなのだろう。
主観的に考えれば、
自分のまわりで実際に育児休暇をとる人がいたら、
その人が抜けた分の仕事のフォローで、他の人が不満をもつことはあるはず。
育休後に復帰できる安定した仕事や職場がない人は、
そういうことができる公務員や大企業勤務の人を
冷ややかな目で見る気持ちもわかる。

この話題には、
いろんな立場の人の、
いろんな本音や建前が入り混じっていると思う。

私自身、既に子育てから離れている今だから
客観的に考えられるけれど、
自分がこれから子育てをする世代で、
夫婦ともに育休がとれる環境にいなかったらどうかなぁ。

この話題の行く末、落ち着く先を見守っていきたい。














 














長年、広告コピーや原稿に関わる仕事をしているせいか、
たまに、無意識の湖の底から、言葉がふわーっと浮上してくることがある。
副業の占い師業のときに使う(書く)言葉は、特にその傾向が強いかな。

今年の元旦に浮かんできたのは、タイトルの言葉。
「働く、休む、楽しむ」。
たぶん、今年のわたしを現わす言葉になると思う。
「休む」なんて言葉が二番手に出てきたのは意外だったけど、
この年齢になって、
ようやく「休む」ことの重要性がわかってきた証かもしれない。

切手を買いに立ち寄ったコンビニの前で、
60代くらいの女性が80代の女性を必死で引きとめていた。
「おばさん、家に帰ろう。
ここまで出て来ちゃだめだよ。家がわからなくなっちゃうよ。」
無反応の女性は、たぶん認知症なのだろう。

初詣とか成人式といった華やかな話題のすぐ隣に、
こういう現実がゴロゴロしているのが今という時代。

人間社会のあれこれに何も動ずることがない、
穏やかな新春の海を眺めながら、
自分や家族のこれからを考えてみたりもする。







 

2016年(平成28年)の幕開け。
穏やかな元旦に思う今年のテーマは
「想像力を深める、そして感謝できることを見つける」。

昨年春に高齢母との同居を始めてから、
もう、ほんとに、予想していた以上に衝突や苛立ちの日々で、
揚げ句に、こんなに母を嫌う自分まで嫌い、になりそうだった。
一方では、一昨年に亡くなった親友、昨年初夏に亡くなった父を思い出すことも多く、
父や親友のおかげで、今の自分があるのかなーと気づくことが増えた。

30代から40代前半くらいまでの間、
平凡で退屈なお正月は嫌いだった。
親しくもない取引先や親戚に、愛想笑いしてつきあう宴席も嫌だった。

でも今は違う。
晴れわたる青空を見上げながら、
あたたかな部屋で静かに穏やかに新しい年を迎えられることも、
いろんな人から年賀のあいさつを頂けることも、
それは、自分以外のいろんな人たちのおかげなのだ、としみじみ思う。

もちろん、今だって母には不満が募っているし、
家族や友人知人に対しても不快感や嫉妬を感じることはある。
それでも、その人の背景というか、
どんな人生を辿ってきて、どんな人生を生きているのか?に想いを巡らせると、
不思議とネガティブな感情が消えていく。

仕事で成功している人もそうではない人も、
家族や恋人、友人とうまくいっている人もそうではない人も、
実際に会って話したり、SNSで多くを知った気になっても、
私たちが見ている他人の姿なんて、その人のほんの一部に過ぎない。
実際には、その人にしかわからない苦労や葛藤、悲しみがある。
だからこそ、彼や彼女が他人に見せない部分を、あれこれと想像するゆとりを持ちたい。

その想像力こそが、自分以外の人に心から感謝する、という行動につながると思うから。






 

JUGEMテーマ:日常
TBSの「流星ワゴン」を毎週観ている。
生者と死者の不思議な交流。
下手にまとめようとしない、
散らかりっぱなしの人間関係がリアルでいい。

珍しく夢を観た。
年末に亡くなった親友を含めて
いつもの仲良しグループでどこかで会っていた。

夢の中で親友の指に触れた。
なんか感触が不自然で
そして、彼女はあまり笑っていなかった。

目覚めてからふと思い出した。
あの指は、
彼女がこん睡状態の時にお見舞いに行って、
ベッドの脇からそっと触れた指先だ。

あたりまえだけど、
同性の友達同士だから、
長き付き合いの中でも、
相手の体温を感じるような場面はあまりなくて。
今となっては、
元気な頃の彼女の指先のあたたかさを知る術はない。

人はこうして、
もう、取り戻せないものを増やしつつ、
生きていくのかな。

50代も後半になってくると
「新しい」ことに対して腰が引けるというか、
もう、何も「新しくならなくていい」って気もする。

でもそんな想いとはうらはらに
生活環境も公私の人間関係も
そして自分の興味の向く方向も、
常に「新しく」更新されている。

この春はその「新しい」流れがかなり激流っぽい。
泳ぎ切れるのか、心配ではある。







 


2015年の幕開け。
年末年始と晴天が続き
美しい富士山を堪能したので
もうそれだけで幸せな気分。

SNS全盛の時代になったものの、
送る年賀状、届く年賀状の枚数も
ここ数年変わることなく、
案外こういう部分は変わらないのかなーと思う。

年末にそれこそ「腹心の友」を亡くし、
もう一人の親友と共に悲しみに打ちひしがれていた。
高1で出会って40年余り、
途切れることのないつきあいだった。

まだまだ悲しみの中から這い上がれないけれど、
彼女がこの世を去ったという事実は、
これまでの自分の価値観を大きく変えつつある。

人生はいつか終わりが来る。
それを心に記して、
毎日を精いっぱい生きること。

それこそが、
彼女が私たちに残してくれた
かけがえのない贈りものなのだと思うようになってきた。

高齢親たちの介護、子どもたちの結婚や出産、自分や夫の健康維持。
残された50代の数年はあれやこれやと課題が多く、
今年も体調に気配りしつつ、全力疾走の日々が始まる。

好きなこと、やりたいことに、今まで以上に時間を使おう。
ていねいに、心を込めて、仕事をしよう。
バランスが崩れそうになったら、早めに調整しよう。

そんなことを誓って、新年の書き込みとします。














 

JUGEMテーマ:
日常の当たり障りのない出来事は、
FBにちょっと書いておしまい・・なこの頃。
今日はそのFBで感じたことをこっちに書いておく。

各地で台風襲来に備えて避難勧告が出たり学校が休校になったりした。
学校休校が今月は2回もあり、
仕事をもつ母親たちには、実際とても困る話。
自分が当事者だったら、やっぱりとても困る。

そこで「あの程度で休校にしなくてもいいのに」と不満をコメントした人がいて、
それに対して「私もそう思う! 」「私も! 」という賛同のコメントがずらーーっと付いていた。
細かく読んでないけどたぶん同様の立場の人たちだと思う。

SNSがない時代にもこういう発言をし、
それを聞いたまわりの人たちが同意する…ことは多々あったと思う。

ただ、ネット上で文字になって、同意の人ばかりが声を上げると、
それが文字として残る分、ある種の威圧感を持ってくる。

「同意じゃない」人は、どうしても声を上げにくくなってしまう。
例えば専業主婦の人ならば、
「空振りに終わったけど、子どもの安全のために配慮してくれてよかった」と思うかもしれない。
例えば市や学校の関係者が出てきて「こういう理由で休校にしたんです」と書き込めば、
その空間の雰囲気はまた違うものになったかもしれない。

もちろんテーマによっては、
違う意見をさらりと書き込む人がいる場合もあって、
相手の意見を尊重しつつ、
実名できちんと自分の意見を言う人って、個人的にはいいなぁと思う。
私自身はそこまで確固たる意見も文章力もないので、
なかなかそういうことができないけれど。

ネット上では言ったもん勝ち。
どんなに素晴らしい意見も提案も、
言わなければなかったことになってしまう・・と何かの記事で読んだ。

それも正論だとは思うけど、
書き込み力の格差…っていうのかな。
書き込みできない人、しない人たちの声にも、ちゃんと耳を傾けていかないと、
なんか世の中がいやーな方向に行くような気がしてさ。














 

前回のブログアップから78日!!
人のうわさも〇〇日…なんて言いうから、
もう自分でもすっかり忘れかけてました。

ここにブログを書かなくても
日々の暮らしは続き、
いろんな出来事や感情が流れ去っていく。

夏が過ぎて秋になり、
この頃ちょっとだけ直感が冴えてきた、気がする。
というのは、ふと、本当にふっと思い浮かんだ人物や物事にまつわることが、
その後、私にかなりの確率で接近してくるからだ。

少しでも「こうなったらいいな」とか思うのはダメ。
だから、自分に関する欲望系では使えない。残念!

ある意味、占いの仕事には活かせる。
なぜならば、相談者の方のお話を、
私は私情を挟まずに聴くことができるからだ。

直感を磨く方法。
それは身心のコンディションを整える。それにつきる。
若いころは、健康なんてあたりまえと思っていたけど、
この年になると、そうではないことを思い知らされる。

食事の質、睡眠の質、運動の質への気配り。
これらは日々延々と続くものなので、
もうほんとに、毎日自分で律していくしかない。
ときどきサボると、それはすぐ表に現れちゃうし。

直感が冴えてくると、
心の奥底の深いところが、
何かとつながるかんじがして心地いい。
謎がすーっと解けるような感覚?

深まっていく秋の中で、
この直感の精度をもう少し高くしたい、
JUGEMテーマ:日常
なんて思っている。











 

都議会で女性議員にゲス!な野次を飛ばした云々…が話題になっている。
そもそもこの議員は
「不妊治療に苦しむ多くの女性たちのことを考えてほしい」
…というような意見を言おうとしたんだよね。

個人的な意見ですが、この「不妊」という言葉が嫌いです。
「不妊治療」ではなく「授妊治療」とか「出産支援」とか
そういう肯定的な言葉に変えられないものか。

だいたい「不」がつく言葉にロクなものはない。
不幸、不倫、不満、不公平、不遇、不利、不機嫌…。

もちろん人生、いいことばかりは続かない。
残念ながら本人の意志とは関係なく、
時には「不」のつく言葉の状況に
陥ってしうまこともある。

でも「不」のつく言葉を継続的に使い続けて、
無意識の中に染み込ませてしまうのはよくないと思う。

「私は不妊治療中だから」って、
本人も周りの人も誰も悪いわけではないのに、
何かしら負目を感じてしまう。

ならば「妊活=妊娠活動」(これもあまり好きではないけど)
のほうがまだいいかな。

今日もはっきりしない梅雨空。
不快指数は高そうだけど「不」のつく言葉から遠ざかるために、
近くの日帰り温泉に行ってきます〜。
JUGEMテーマ:日常







 


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1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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