JUGEMテーマ:日常

 

梅雨の合間をぬって友人と大阪へ。

1970年、大阪万博の年、

小学校の同じクラスで仲良くしていたHちゃんと、

2019年、約50年の時を経て、

大阪万博のシンボルだった太陽の塔を観に行ったのだ。

 

当時、うちもHちゃんちも、

親が忙しかったのか予算がなかったのかわからないが、

大阪万博を観に行かず、

代わりにカラーテレビを買ってよしとされた…気がする。

 

最近になって太陽の塔の内部が復元され、一般公開していると聞き、

NHKでそれを紹介している映像を観たので、

これを機に「行ってみよう!」ってことになったのだ。

 

半世紀も雨風にさらされた外観は、

やはり時代を感じさせるレトロな巨大なコンクリートの塊。

 

でも、初めて入った塔の内部は圧巻だった。

かなり復元されているけれど、

これを創った当時の、岡本太郎氏たちの熱量はそのまま籠っていた。

 

入口以外は撮影不可のため言葉だけになるが、

原始的な生命体から始まる生命の樹の上のほうには、

人類の祖先を思わせる猿たちの姿。

樹の高さは30mくらいだろうか。

 

その中に、遠くから見ると白い布を被ったようなゴリラがいた。

らせん状の階段を上がって近づいていくと、

ゴリラの頭の部分はむき出しの機械だった。

といっても、金属の板がいくつかネジで止められた簡素なもの。

60〜70年代のSF映画に出てくるような、今見るとちゃちな仕掛け。

 

「このゴリラは50年前には頭の部分が機械仕掛けで動きました。

その後、機械を覆っている頭の部分が壊れてしまい、今はこの形で残しています」。

首から下は、着ぐるみなどに使われる素材なのか、

本物のゴリラに似せて体毛がふわっとしたかんじに作られていた。

といっても、50年の歳月を経ているから、手で触れたらボロボロなのかもしれない。

 

 

塔を後にして、Hちゃんとふたりでしみじみと。

「子どもの頃に一緒に居た友達と、

  半世紀を経て一緒にここに来られることが、もう奇跡に近い幸運だよね」。

「でもさ、あのゴリラは頭の部分が壊れたまま、

 50年間、誰も来ない暗い塔の中でずっと過ごしていたんだよ」。

「それを思うとせつないねぇ。50年ってもの凄い長い歳月だもん、、、」。

 

1970年代の人々が思い描いていた未来とは、

かなり違う場所にいる今のわたしたち。

でも、物語中にしかないと思っていたタイムマシンが、

「太陽の塔」というかたちで、

私たちを遠い過去へと連れて行ってくれた気がする。

長く生きてきてよかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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