ドラマ「カルテット」の視聴率が高くないのは、

録画して気になるシーンをじっくり観る人が多いから…らしいよと

ヘアサロンの店長が言っていた。

 

昨日観た録画では、

満島ひかりさん演じるすずめちゃんが、

「私の好きな人が、その人の好きな人の顔を見ている時の顔がとっても好きで、

  その人が好きだという人のことも好きなので、とってもしあわせな気分になれるんです」みたいなセリフ。

  もちろん、無理して言っている感満載。

それに対してミッキーカーチスさん演じる勤務先のおじさまが、

「じゃあ、君の“好き”って気持ちはどこへいっちゃうの?」と。

 

テレビドラマでせつない気持ちになったのは、ものすごく久しぶり。

そう、最近ずっと「せつない」って感情を忘れてた。

負の感情かもしれないけれども、大切にしなくてはならない感情。そういう類のもの。

 

 

ドラマを観たあと、角田光代さんの「なくしたものたちの国」を読む。

 

恋愛がうまくいかなくて生霊になってしまった女の子が、

同じく生霊仲間?の男女と夜の歩道橋でおしゃべりをしている。

 

生身の身体ではなくふわふわとしている彼女たちは、

歩道橋の手すりに腰かけて足をぶらぶらさせながら、

眼下を走り過ぎる車の流れを眺めている。

 

そこへ若いカップルが階段を駆け上ってくる。

手にはパンや歯ブラシが透けて見えるコンビニのビニール袋。

ふたりは階段の途中で足を止めてキスをし、再び階段を駆け上る。

 

「あのふたり、恋がうまくいっているんだね」

 

それを見た恋愛不発組?の彼女、彼たちは

生霊になってまで、

今の恋愛にしがみついている自分に疑問を抱き始める。

 

 

 

“好き“がうまく機能している時、日常さえも非日常になる。

ふたりで歩道橋をわたる、コンビニに買物に行く、なんていうありきたりの行動さえ、

“好き”がそこを貫いていればこの上なく煌めく。

 

これは、カルテットの名セリフ「愛しているけど好きじゃない」にも通じるのでは。

 

よく恋愛カウンセラーなどが

夫婦や恋人との関係がマンネリ化したら、

ふたりで旅に行きなさい、外見的な女性らしさを取り戻しなさい…などの

処方箋を下すけれど。

 

“好き“もしくは“恋“は、日常さえも非日常にしてしまうのに対して

“愛“”は非日常さえも日常にしてしまう。

そこには抗えない何かがあるような気がする。

 

話はどんどん逸れていますが

「なくしたものたちの国」は

本棚に長く置いておきたい一冊になりそう。

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

 

 

 

この記事のトラックバックURL : http://blog.runaword.jp/trackback/123

Calendar

S M T W T F S
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031   
<< July 2019 >>

Archive

Mobile

qrcode

Selected Entry

Link

Profile

1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
詳しくはこちら

Search

Other

Powered

無料ブログ作成サービス JUGEM