シックで華やかな秋の花束。花風水に詳しいフラワーデザイナーさんの作品。

 

 

台風19号で被害に遭われた皆様に、

心よりお見舞い申し上げます。

 

台風の通過時は、雨戸を閉めた家の中で

どうか無事に通り過ぎて…と祈っていました。

どんなに科学や文明が進歩しても、

自然の猛威の前では、人は祈ることしかできません。

 

今どきの暮らしの中で、「祈る」というのは

古くさいことのように感じるかもしれませんが、

案外、いざという時に人間がとる行動は、

太古の昔も今も変わっていないように思います。

 

 

先日、家族の問題で悩んでいた方からご相談を頂きました。

気分転換の旅と運気アップを兼ねて、

各地のパワースポットを訪ねることが多いそう。

で、たしかにリフレッシュはできるけれども

問題の根本的な解決はできなくて…とのこと。

 

わたしのまわりにも旅が好きな人は多いです。

特に同世代の女性たちは子育てや介護から解放され、

友達やパートナーとあちこち出かけているようです。

 

で、ふと気づいたのは、旅が好きな人たちの共通点。

 

・結婚で実家を出たくらいで、

 ほとんど引越しをせず同じところに定住している。

・若い時からずっと同じ職場、仕事に就いている。

・最初の?結婚相手と別居や離婚などせず、長く結婚生活が続いている。

 もしくは未婚で、子どもの頃からずっと実家に住んでいる。

 

つまり、日常生活そのものが安定していて変化の少ない人ほど、

旅が好き! ってことです。

 

逆をいえば、

 

・進学、就職、転職、転勤などで、

  何度も引越しをしていろんな場所に住んだ経験がある。

・転職回数が多い、または起業、独立している。

・結婚経験はあるが別居や離婚、再婚などを経験している。

 

…と、まあ諸事情で引越し経験が多い人は、

なかなか旅に出るゆとりが持てないのか?

あまり、旅の話で盛り上がることはありません。

 

一時期、方位と気学をかじったことがあり、

人間の運気を根底から変えるには、

短期の旅行ではなく、住む場所そのものを変える

…というのがその気学の理論でした。

方位とりの効果は 当然、旅行<引越し です。

 

場所の移動と気の関係ももちろんですが、

それよりも「退路を断つ」覚悟が、

運気を変えるのではないかと思っています。

 

どんなに遠くに旅に出ても、

帰る家があり、待っている人がいる。

たとえ隣町でも、

誰も知り合いがいない、馴染みのない場所で、

ゼロからスタートする。

 

このふたつの違いは大きいです。

もちろん、旅に出てリフレッシュして、

日頃のストレスや不満をしばし忘れるのは

とてもいいことです。

 

しかし、根本からその不満やストレスと対峙したいならば、

旅よりも引越しをおすすめします。

 

とはいえ、歳をとるほどに引越しは億劫になるし、

経済的、物理的に難しい人も多いでしょう。

 

ちなみに、前述の相談者の方は、

考えた末、実家以外の場所に、

仕事場としての家を借りることになったそうです。

 

その後のお話はまたいつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

令和最初の夏は、5月1日に始まったように思う。

そして、8月31日にきっちりと終わった気がする。

 

この夏は友人や知人のまわりで訃報が相次ぎ、

30代から90代までさまざまな年齢、立場の方がこの世を去った。

 

社会に目を向ければ、

高齢者の暴走による悲しい事故の多発、ひきこもりの高齢化問題

途方に暮れてしまった放火事件、煽り運転とドライブレコーダーへの注目

芸能事務所のすったもんだ騒動など、

SNSの普及もあり、少し前までは想像しなかったようなことが実際に起きている。

 

 

個人的には、60代になっても特に日々の暮らしは変わらないが、

フリーランスで気ままに生きてきた故、

公務員、会社員などの同級生との、年金受給額の違いを実感している。

それゆえ、健康に留意して可能な限り現役で働いていこう、仕事を楽しもう、

…という気持ちになっている。

 

明日死ぬかもしれないし、30年先まで生きるのかもしれない。

生きている以上、誰もが抱えている「平等なリスク」を頭の隅っこに置きつつ、

今日は今日やるべきことを、楽観的に、一生懸命に、そして感謝しながら、やるだけだ。

 

若い頃は、秋の始まりよりも夏が去っていくことに切なさを強く感じたけれど、

最近は、色褪せていく夏の景色と、そこにすっと入って来る優しい秋の気配が、いいなぁと思う。

この時期に聞く歌は、やっぱり竹内まりやの「Septmber」かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

 

本当はもっと重要なニュースや、

真剣に考えるべき社会の問題が多々あるのに

ついつい、吉本お家騒動のライブ中継に見入ってしまった。

 

すったもんだの中で、

こんな会社、やめてやる!  という台詞を口にした芸人さんもいる模様。

このセリフ、職場はもちろん、

学校生活や結婚生活の中でも、口にしたくなることは多いと思う。

こんな学校、やめてやる!

こんなダンナ(ヨメ)、別れてやる!

 

それを言葉だけで留めるか、行動に移すかは別の話。

ただ、私がこれまでの人生経験から思うに、

言葉にする人ほど行動には移しておらず、

同じ環境の中で不満を抱えながら日々を過ごしている。

 

こんな●●、やめてやる!  というセリフは

ともすると、発言者が対象となる組織や人を見下して、高い位置からモノを言っているようだが、

実は、発言者はその組織や人に、依存している場合が多いのではないか。

 

ひどい会社だけど、今更転職しても条件が悪くなるだけだから、やめられないんだよ…

ひどいダンナだけど、別れたらワタシの生活が成り立たないから、仕方なく一緒にいるのよ…

 

 

逆に、こういった宣言?をあまりしなかった人のほうが

いつのまにか転職したり離婚して、

新しいスタートを切っているケースが多いように思う。

 

まあ、どっちがいいとは言えないけれど、

不満タラタラの環境にどっぷり漬かったままで、

文句と言い訳を繰り返すのは、案外ラクな生き方なのかもしれない。

 

環境を変える、新しいものをゼロから創るというのは、口で言うほど簡単ではないからねっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

「20世紀の恋人」という新書を読んだことがある

自動車部品メーカーの記念誌を制作するにあたって、

車社会の歴史を把握する資料として見つけたのがこの本だ。

 

何ともいえないロマンチックなタイトルは、

20世紀の人々が、自動車にどれほど恋焦がれていたかを表している。

 

特に、最近、免許返上が叫ばれている高齢者たちは

20代の頃からずっと自動車の進化を目のあたりし、その恩恵を受けてきた。

 

振り返れば、昭和40年代以降、車のCMはひたすら格好よくおしゃれなものであり、

特に男性向けの自動車は、加速だとかハンドルさばきだとか、

車の性能の良さがずっとアピールされてきた。

 

しかし、20〜30代の若者の運動能力や判断力があれば

乗りこなせる高性能なスポーツカーを、

運動能力も判断力も衰えた70〜80代の高齢者が乗りこなせるのか?

 

高齢者面免許返上がなかなか進まない背景には、

自動車メーカーや経済界、政界の思惑もあるのではないかと感じる。

なぜならば、日本の高度経済成長=車社会の繁栄を担ってきた中心的な人々(ほとんど男性)が、

経済界、政界で今も多く活躍しているからだ。

 

それでも、これだけ高齢者の運転の危険が表面化してくると、

免許返上とともに、公共交通機関がある場所へと、高齢者の移動が進むのではないか。

 

特に、男性よりも車への執着が少ない女性、

先にご主人を亡くした一人暮らしのおばあちゃんは、

電車やバスの便がいいところ、

自転車や徒歩で生活できるところへと移り住む人が増えるんじゃないか。

 

幸か不幸か男性は女性より寿命が短く、

今後の超高齢化社会は、圧倒的におばあちゃん率が高くなると言われている。

 

各地でシャッター化している駅前商店街は、

いっそのこと、元気なおばあちゃんたちが暮らしやすい町にリニューアルしたらどうだろう。

近未来のおばあちゃんである私も、そういう町が増えたらいいなぁと思う。

 

※もっとも、仕事や生活に車が不可欠な方も多いだろうし、

 社会のインフラとしての車を否定しているわけではありません。

 車を所有しなくても、老後はなんとか生活できるかなと思っている、

 一個人の意見としてお読みください。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

梅雨の合間をぬって友人と大阪へ。

1970年、大阪万博の年、

小学校の同じクラスで仲良くしていたHちゃんと、

2019年、約50年の時を経て、

大阪万博のシンボルだった太陽の塔を観に行ったのだ。

 

当時、うちもHちゃんちも、

親が忙しかったのか予算がなかったのかわからないが、

大阪万博を観に行かず、

代わりにカラーテレビを買ってよしとされた…気がする。

 

最近になって太陽の塔の内部が復元され、一般公開していると聞き、

NHKでそれを紹介している映像を観たので、

これを機に「行ってみよう!」ってことになったのだ。

 

半世紀も雨風にさらされた外観は、

やはり時代を感じさせるレトロな巨大なコンクリートの塊。

 

でも、初めて入った塔の内部は圧巻だった。

かなり復元されているけれど、

これを創った当時の、岡本太郎氏たちの熱量はそのまま籠っていた。

 

入口以外は撮影不可のため言葉だけになるが、

原始的な生命体から始まる生命の樹の上のほうには、

人類の祖先を思わせる猿たちの姿。

樹の高さは30mくらいだろうか。

 

その中に、遠くから見ると白い布を被ったようなゴリラがいた。

らせん状の階段を上がって近づいていくと、

ゴリラの頭の部分はむき出しの機械だった。

といっても、金属の板がいくつかネジで止められた簡素なもの。

60〜70年代のSF映画に出てくるような、今見るとちゃちな仕掛け。

 

「このゴリラは50年前には頭の部分が機械仕掛けで動きました。

その後、機械を覆っている頭の部分が壊れてしまい、今はこの形で残しています」。

首から下は、着ぐるみなどに使われる素材なのか、

本物のゴリラに似せて体毛がふわっとしたかんじに作られていた。

といっても、50年の歳月を経ているから、手で触れたらボロボロなのかもしれない。

 

 

塔を後にして、Hちゃんとふたりでしみじみと。

「子どもの頃に一緒に居た友達と、

  半世紀を経て一緒にここに来られることが、もう奇跡に近い幸運だよね」。

「でもさ、あのゴリラは頭の部分が壊れたまま、

 50年間、誰も来ない暗い塔の中でずっと過ごしていたんだよ」。

「それを思うとせつないねぇ。50年ってもの凄い長い歳月だもん、、、」。

 

1970年代の人々が思い描いていた未来とは、

かなり違う場所にいる今のわたしたち。

でも、物語中にしかないと思っていたタイムマシンが、

「太陽の塔」というかたちで、

私たちを遠い過去へと連れて行ってくれた気がする。

長く生きてきてよかった!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1979年頃の放映だから、約40年前だ。

向田邦子さんの名作「阿修羅のごとく」HNKドラマ版を、2019年のお正月に観た。

 

俳優陣の美しさ、芝居のうまさ、脚本の奥深さは今更言うまでもないが、

この時代の頃には「男」と「女」として成立していた諸々のことが

その後「男性」と「女性」なり、今や「男子」と「女子」へと変化しており、

それにともなって「男」と「女」の時代にはちゃんとあった、

どうしようもないエロチックさや濃密さ、せつなさ、

理性には収まり切れない本能みたいなものが、どんどん薄れているように感じた。

 

浮気も不倫も見栄も嫉妬も、

今だって昔と変わらずに巷にあふれているけれど、

そういうものがまるでスマホ画面のように、

とても乾いた、つるっとしたものになってしまって、

そこに、このドラマが描かれた頃のような湿気や質感はない。

 

ドラマを観たあと、ふと思い出したのは、

小学校4年の時に仲良くしていたAちゃんのこと。

 

彼女は若くて色白できれいなお母さん、妹さんと3人で

小さなアパートで暮らしていた。

お母さんは洋裁のような仕事をしていた

お父さんは遠くで働いていて、

たまにしか帰ってこないと聞いていた。

 

そのアパートの近くを新幹線が通っていた。

線路のまわりはコンクリートの壁で囲われていたけれど、

周辺の盛り土の斜面は何もない広い原っぱで、

わたしとAちゃんは、よくその斜面に座って、

スケッチブックに絵を描いた。

 

何を描いたのかは覚えていないけれど、

背後に時折、新幹線が走りすぎる轟音を聞きながら、

真っ青な秋の空を眺めたことは覚えている。

 

5年生になってクラスが変わると

彼女との接点はなくなり、

その後は連絡をとることもなくなった

 

それから数年後に、

中学生くらいになっていた彼女の妹が書いた文章を読む機会があった。

文章が上手だったから、市の作文集か何かに載ったのかもしれない。

彼女は、自分たち姉妹が私生児だということ、

自分が、母や父をどう思っているかなどを、正直に書いていた。

既に、お母さんは亡くなっていたようだった

今だったら、そんなプライベートを書いたら教師に咎められそうだが、

昭和40年代〜50年代のことである。

 

「阿修羅のごとく」で、

ヒロインたちの父にはいわゆる別宅があり、

そこで若い妻と子どもを養っているという設定だった。

それに気づいたまわりの人間たちが、あれやこれやと揉めるのだが、

その揉め方が今とは違って、しょうがないんだけれども、人間らしいというか。

 

機会があったら、

あの頃、Aちゃんと遊んでいた場所に再び行ってみたくなった。

景色は随分変わっていても、新幹線の轟音はそのまま聞こえるかしら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

友人とのおしゃべりで、

最近は、衣食住ともに軽やか志向だね、みたいな話になって。

 

食事はおいしいものを少しずつ…になってきたから、大きすぎるお菓子やパンはちょっと。

住まいも、子どもが独立して夫婦ふたりだから、小さな家で十分。

衣類も、軽くて安いものでいいよね。

重いウールのコートや硬い皮のパンプスやバッグはもういらない。

 

そういえば、バブルの頃からしばらくの間、「一生もの」って言葉が流行ったなぁ。

「一生もの」のコート、バッグ、アクセサリー、靴。

みんなそれなりのブランドでしっかりした造りで、概ねが重くて硬かった。

 

あの「一生もの」は、どこへ行ってしまったのだろう。

長くタンスにしまっておいた人も、

最近の断捨離ブームで、フリマに出したり、捨てたりしているのではないかしら。

 

それにしても、高価で、重くて、硬い、

今思えば窮屈なファッションを身に着けていた頃は、

まあ、若かったせいもあるけれど、

あまり、肩こりとか疲れとかストレスってものを、意識していなかったように思う。

 

今は反対に、軽くて動きやすいファッションを身に着けているのに、

老いも若きも関係なく、肩が凝る、疲れた、ストレスだらけだと、ぼやいている。

 

今さら、重いコートを着たり、硬いヒールの靴を履く気はないけれど、

その重さや硬さが気にならないほど元気だった

あの頃の時代、自分を羨ましく思うこともある。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

一年くらい前から、

シニアの方に自分の半生を語って頂き、

その方の言葉のままで書き留める

…という仕事をしている。

 

もうかれこれ10人くらいにお会いした。

大半が男性で、

みなさん人生の荒波を乗り越えて

今日を生きている方々で、

戦前戦中の子ども時代は貧乏、

一転して戦後の高度経済成長期になると、

どんどん出世していく…というパターンが多い。

 

どの方にもご両親のことを聞く。

70〜80代のご両親といったら、

明治半ばから後半生まれくらい。

 

で、すべての方が

「父は厳しかった。子どもの頃はよくぶん殴られた」という。

つまり、親に殴られるのが当たり前の時代に育っているのだ。

たぶん、学校の先生にも同様に殴られているんじゃないかな。

 

そういう世代が、

今、パワハラとか老害とか責められている。

 

※私がお会いしている方々は、

 そういうトラブルとは無縁の方々です。

 

すべて育った環境のせいではないかもしれないが、

子どもの頃から染みついている

「目上の人間に殴られて当たり前」っていう意識を

その世代が今更払拭することはできないと思う。

 

じゃあどうするか?って名案は浮かばないのだけれど、

パワハラはいけないという意識を

繰り返し社会に浸透させていきながら、

時が過ぎて、

親や先生に殴られないで育った世代が、

社会の中心に増えていくまで待つしかないのかなと思う。

 

各々の個性はひとり一人違うのだけれど、

その世代共通の価値観や意識ってけっこう根強くて、

その人の人生や社会全体への影響力が、

大きなものなんだなぁと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

区役所の追悼コーナーでは、サザンのエンディング曲が流れていました。

 

 

春夏秋冬という四季の中で、夏だけは特別なのだ。

人も景色も暮らしも「夏の国」という、

他の季節とは違う次元のところのものになるのだ、と。

何かで読んで、へぇーと思っていた。

 

もちろん、日々の仕事や家事は

夏だから特別どうってことはなくて、

カレンダーどおりに淡々と続いていく。

 

でも、クラクラと眩暈がしそうな強い日差しや

日常をすべてかき消すような蝉の声、

死者が身近に感じられるお盆の迎え火や送り火に、

なんとなく「今のわたしは夏の国にいるんだ」という、

ちょっとしたファンタジーを感じたりしていた。

 

特に、今年は平成最後の夏。

昭和から平成に変わる時は、

今回のように予告がなくて、名残を惜しむ時間はなかった。

でも今回は、この30年の平成という時代をふりかえる時間がある。

 

6月に、平成のはじめの頃に子どもたちが通っていた小学校が取り壊され、

8月には、同じく平成のはじめの頃からはじまったちびまる子ちゃんの作者、

さくらももこさんが亡くなった。

 

古い小学校の建物も、まるちゃんの「のぼり」や電車も、

身近な街の風景に溶け込んでいて、

意識しなくても目に入ってきたものだから、

それが無くなるというのはけっこうなショックだった。

 

キャラクターとしてのまるちゃんは不変だけれど、

やっぱり作者さんがもういないというのは

特に地元の人たちにとっては大きな喪失感である。

 

そんなこんなでこの夏は、

ああ、もう30年もたったんだ…、平成が終わるんだ…と、

しみじみ思うことが多かった。

 

もっとも「さよなら」ばかりではなく「こんにちわ」もあった。

8月に娘夫婦に男の子が生まれ、

9月に一歳になる息子夫婦の女の子は日々健やかに育っている。

 

そして私自身はこの8月で個人事務所設立30周年を迎えて、

運と縁に恵まれたことを心から感謝しつつ、

まだやりたいことがなんだかんだとあるから、

もうちょっと頑張ろう!って思っている。

 

 

9月が始まって「夏の国」はもう遠い彼方へと去って行った。

誰もが、いつもの日常に戻ってきた。

 

でも、平成30年の「夏の国」には、いろんな想いが詰まっていて、

それは、もう二度と戻ってこないのだという、

センチメンタルな甘酸っぱさを含んだまま、

やがて遠い光景になっていくんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

ラベンダーの季節が始まります。梅雨の時期をうまく乗り越えてくれるといいなぁ。

 

 

たしか昭和が平成に変わる頃、

石原裕次郎さんや美空ひばりさんが亡くなった。

世間は大騒ぎで

彼らと同世代の人たちは悲しみに暮れていた。

しかし、当時アラサーだった私にとってそれは他人事であった。

 

それから30年経って平成が終わる今、

西城秀樹さんの訃報に驚くほどショックを受けている自分がいる。

ああ、同世代のスターが亡くなるってこういう感覚なんだ、と。

 

新御三家がデビューした頃、中2か中3くらいだった。

友達と初めて郷ひろみさんのコンサートに行った。

西城さん、野口さんのコンサートに行ったことはなく、

特にファンだったわけでもないのだが、

YouTubeで当時の曲の動画を見ると、ほとんど全部知っている!

 

中でも特に記憶に残っていたのが「薔薇の鎖」

高校1年の夏。校舎屋上の蒸し暑い部室。

たどたどしく弾いていたマンドリン。

帰りに仲良しの友達と立ち寄った近くのパン屋。

 

長い間閉じたままだった古い記憶の箱の蓋が久しぶりに開いたように、

「薔薇の鎖」を聞いたら

その当時のさまざまなシーンがわぁっと鮮やかによみがえってきた。

 

彼らの歌は、

毎日、テレビやラジオからたくさん流れていたのだろうし、

当時は、近所の商店街やスーパーでも

流行の歌がに流れていた気がする。

 

だから、記憶への刷り込みが半端ないのだろう。

 

新御三家に夢中だった人が多いと思われる昭和30年代前半生まれは、

団塊世代ほど数が多くなく、

あまり脚光を浴びずに生きてきた気がする。

 

でも、今回の西城さんの訃報に

ネット上でとてもたくさんの書き込みがあるのを読んで、

あの頃の時代を思い出すとともに、

同じような気持ちを持っている、

同世代の人たちがたくさんいるんだなぁと思った。

 

今や、音楽もスマホでそれぞれが聞く時代。

街中に、同じ音楽が流れるなんてこともない。

 

時代は大きく変わったけれど、

簡単に過去の映像が見れるタイムマシンのようなYouTubeがあって、

簡単に意見を発することができるネットがあって。

それはそれで、いいのかなぁなんて思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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Profile

1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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