JUGEMテーマ:日常

去年の10倍くらい大きくなったミニバラ。五月の花壇の主役です。

 

 

 

コロナウイルスとの戦いは長期戦になると、多くの専門家が言っている。

 

何十年かぶり!に月刊文芸春秋を買ったのだけど、

コロナ禍のあれこれについて、

ネットのニュースを小刻みに見るより、読みごたえがあってよかった。

 

で、長期戦といわれても、人によって時間の長さの捉え方は違う。

 

辛いこと、いやなことに遭遇している時は、時の流れはどうしようもなく遅いし、

楽しいこと、面白いことに夢中になっている時は、あっという間に時が流れる。

 

時間は誰にでも平等なんだけど、

それを長いと思うか短いと思うかは人それぞれだし、

個々にとっても、今日は長くて明日は短い、みたいな受け止め方の差がある。

 

では、長期戦をどう乗り切るか。

 

コップに残っている水の理論はどうだろう。

半分くらいの水を、まだ半分ある…考えるか、もう半分しかない…と考えるか。

例えば来年の立春頃をゴールとしたら、

なんだかんだで発生からもう数ヶ月経っているので

長期戦期間の1/3は過ぎていることになる。

そう考えるとちょっとだけ気分が楽になる。

 

または栄枯盛衰の考え方。

どんなに力をもつ権力者も、やがては衰退し時の流れの中に消えていく。

猛威をふるっているウイルスだって、永遠に今の状態が続くわけではない。

 

要は収束までの時間を、長いなぁ、大変だなぁ、いやだなぁと、

できるだけネガティブに考えないようにして、生きていけたらいいなぁと思う。

 

もちろん、こんな悠長なことを言っていられない方々が

大勢いらっしゃるのも充分承知しております(汗)。

 

 

コロナ禍のせいで環境負荷が減っているのか、

今年はミニバラの花つきがとってもいい。なんだかなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

数年前に使っていた手帳。

お気に入りの水彩画風のポストカードをカバーにしていた。

 

 

ソメイヨシノが満開の頃に始まった

「緊急事態宣言」から一ヶ月以上が過ぎた。

 

お正月気分も抜けない頃に始まったコロナの国難は、

あっという間に春を突き抜けて

気がつけば初夏となった今もその勢いが収まらない。

 

最近、ネットやマスメディアで多くの人々が

「もう、以前の社会、生活には戻れない(戻らない)」と口にしている。

 

「もう、戻れない」という表現には、どこかしら未練と哀愁がある。

心のどこかでは、

コロナ騒動以前の社会の有様や自分の暮らしに、

ホントは戻りたいなぁ、あの頃はよかったなぁという、センチメンタルな気分。

後ろ髪を引かれながら、それでも自分を奮い立たせて前を向く、ような。

 

「もう、戻らない」という表現になると、ニュアンスはがらっと変わる。

コロナ騒動以前の社会の有様や自分の暮らしを肯定し、

平穏だった日々に感謝しつつも、

それはもう「過去」なのだと認めて潔く受け入れる。

大切な思い出の箱にきちんと蓋をしてリボンをかけ、

それを小脇に抱えつつ前を向く…というか。

 

 

だから「戻れない」と「戻らない」の違いは大きいと思う。

 

そして「戻れない」と「戻らない」の狭間でふらふら揺れている自分がいる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常去年の今ごろの風景。

遅めのソメイヨシノを見上げるかわいい鯉のぼりたち。

 

いよいよテレワークが本格化する、普及すると巷で騒がれている。
なんたがメリットばかり強調されているなぁ…と思っていたら、
今朝、テレワークやテレビ会議に
実はストレスを感じている人が多いらしい…という報道があった。
中高年だけではなく、
若い人からもそういう声が出ているのだそう。
慣れないツールだからというのもあるが、
相手の動向や感情を、
画像、声、文字という限られた情報から最大限に得るために
今まで使っていなかった労力を使うというのはわかる気がする。
人には視覚、聴覚、味覚、触覚、嗅覚という五感が揃っていて、
どれも生きていくために必要な機能だから、
原始時代から退化することなく備わっているのだと思う。
パソコンやスマホに向かっていると、
見る、聞くはいいのだが、手ざわりや味、匂いはわからない。
わたしは占いはできるが霊感はないので(汗)、
よりよい占いの答えを出すために、
日頃から直観を磨くことを心がけている。
直観を磨くためにできることは…というと、
心身のコンディションを整えて、
五感を大切にすること、五感を退化させないこと。
これに尽きるのだ。
占いに限らず、誰しも五感が鈍ると直感が鈍り、
結局、ベストではない判断、選択をしがちになる。
一部の感覚ばかりを酷使する今のテレワークは
ストレスを感じて当然だし、
今後、そういった問題点はどんどん改善され、進化していくと思う。
ずいぶん先の時代になるかもしれないけれど、
五感をフルに使えるような、
ごく自然に、人や物との一体感を感じられる
テレワークができる時代になればいいなぁ。
これはもう「ドラえもん」やテレパシー、瞬間移動の世界でしょうか???

JUGEMテーマ:日常

 

時が戻ればいいなぁ…って思いたくなる春。

それでも時は進み、やがて新しい景色が見えてくるはず。

 

 

2月の半ば頃に「Before Colona」でBC、「After Colona」でAC …と、

紀元前と紀元後に頭文字をかけあわせて、

軽い気持ちでtwitterに投稿したことがあります。

 

それから2ヶ月以上が過ぎた今、

世の中がその造語のように、

本当に大きな変貌を遂げそうで戸惑っています。

 

今までの価値観や常識は通用しないだろうと、

みんな薄々わかってはきたものの、

じゃあ何をどうしたらいいのかが、何もわかっていない。

今は、老若男女、誰もがそうなのかもしれません。

 

 

日本政府は3という数字が好きなのか、

「アベノミクス三本の矢」に続いて、

「三密(3つの密)を避ける」というキャンペーンを打っています。

 

この3という数字が気になっています。

 

東洋でも西洋でも「3」は行動、発展、新たなパワーを生み出す数字。

だから「3」のままでは、

ウイルスは自由自在に動き回り、さらに暴れて、

世の中は落ち着かないんじゃないかなと。

 

また、〇〇を避ける、〇〇をしない…という否定的な言葉は、

肯定的な言葉に比べて、

すんなり飲み込みにくいものなので、これもどうかなぁと。

 

そこで注目したいのが「3」の次にくる「4」。

 

こちらは安全や落ち着き、慈悲を現わす数字。

なので個人的には「三密を避ける」より、

「4つのルールを守る」といった表現のほうが、

ウイルスが収まり、

社会も人々の気持ちも落ち着くのではないかと思うんです。

 

自分なりの4つのルールは、

・手洗い、マスクを習慣づける

・できるかぎり家にいる

・家族や友達と良好なコミュニケーションを保つ

・心身の健康を保つ

 

言葉にすると簡単ですけど(汗)。

これを、行動として続けるのが難しいんですよね。はぁ…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東京から西へ向かう機内で。大晦日の富士山。

 

JUGEMテーマ:日常

 

新年あけましておめでとうございます。

 

2010年代から2020年代へ。

 

振り返れば、1960年代から1970年代、1980年代へと 

10年区切りで、

社会の出来事も自分のパーソナルな出来事も、

未だ色鮮やかに残っています。

 

それは自分自身が

子どもからティーンへ、そして社会人、母親へと

大きく変化していった時代だったからかもしれません。

 

その後、歳をとって感受性が鈍くなってきたせいか?

2000年代と2010年代の区切りは、

公私ともにあまり強く印象に残っていないのです。

 

今度の区切りはどうでしょう。

 

10年後、もしも元気で生きていられたら、

2020年代はこんな時代だったなぁーと、

きちんと記憶に留めておけるように、

これからの10年の出来事を、十分に味わいたいと思います。

 

できることなら、嬉しい、楽しい記憶が

たくさん残る時代にしたいし、人生にしたいなぁ。

 

そして、10年の区切りも大切ですが、

わたしは12年の周期、

つまり12年前の同じ干支の年のことを

振り返るのも好きです。

 

東洋でも西洋でも「12」という区切りは

様々な思想や運命学に用いられていて、

同じ干支の年って共通点が多いように感じます。

 

自分にあてはめてみると、

12年前、24年前、36年前と、

出産、家族の転職、転居など

その後の人生に大きな影響を及ぼした転機がいくつもありました。

 

…とすると、

12年周期の今年も、

新たな転機が近づいているのかもしれません。

 

次の角を曲がると、初めて見えてくる新しい景色。

 

それを、短絡的に良し悪しで決めつけるのではなく、

新しい景色の中に、自然と溶けこんで馴染んでいく。

そんな自分でいたいな、って思います。

 

さて。

12年前、24年前、長く生きている人なら36年前、48年前!!

あなたにとってどんな年だったか、振り返ってみると、

今年、自分自身に起こりそうな出来事が、

ぼんやりと見えてくるかもしれません。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

もうだいぶ鎮火してきましたが、

トップアイドルグループの方の結婚発表、

ファンの方たちを中心にだいぶ炎上したようです。

 

ファンでもなんでもない者の個人的な意見ですが、

妻になった方の今後の覚悟やビジョンがあまり見えない

(世間に伝わっていない)ということに、

なんだかモヤッとしました。

 

美貌や知性、才能を生かして

以前のように表に出て

タレントやアナウンサーとしてやっていくのか。

 

夫のサポート役に徹して、

表に出ることはなく、

けれども有能なセレブ妻としてやっていくのか。

 

仕事を辞めたのだから

当然、後者になるのでしょうが、

それにしては、

前者の立ち位置に未練があるような行動が目立つし、

夫の仕事が円滑に進むように配慮しているかんじてもないし…。

(これはあくまで噂を通して感じることです)。

 

 

有名人でもそうでなくても、

結婚って、やっぱり人生の大きな転機であり、節目だと思います。

だから男性側も女性側も、

ある種の覚悟とビジョンが必要だと思います。

 

こういう夫(妻)になりたい、

こんな夫婦像、家庭像を描いています。

 

それは何年か後に

軌道修正したり、

ガラッと変わってしまうかもしれないけれど、

それでもやっばり、結婚する時には、

社会に向かっての、

ふたりの所信表明みたいなみものは必要だと思うんです。

 

今回の騒動では

夫側はファンに向けて一人で報告をされているようですが、

妻側はどうなんでしょうか??

 

元の職種名や実名を出す、出さない…の前に

何か大切なことが抜けていて、

ご夫婦のビジョンや彼女のビジョンが

はっきり見えてこないのが、

この騒動のモヤっとする理由かな?なんて考えています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:

 

 

音楽に詳しい方やフジファブリックファンの方には

本当に申し訳ないのですが、

今さら!!「若者のすべて」をヘビロテで聴いています。

 

自分の息子くらいの年代のバンドで、

当然、曲の中に描かれている世界とは

シンクロしないはずなのですが、

不思議なことに昭和後期の若者だった自分も

その描かれている世界に

すーっと入り込んでしまうのです。

 

きっかけは、

槇原博之さんが「好きなカバー曲ベスト3」の

ひとつにこれを挙げていて、

音楽番組で見事に歌い上げていたからです。

 

初代ボーカルの方は

随分前に亡くなられていることを知りました。

 

この世で、圧倒的な儚さをもつもの、と言ったら、

夭折されたアーティストの作品ではないでしょうか。

 

「圧倒的」と「儚さ」を

組み合わせていいものかわかりませんが、

自分にはこういう表現しかできないのです。

 

10代か20代だけがもつ強烈な光を一瞬放って、

すぐに消え去ってしまう。

人々の瞼の奥に鮮やかな残像を焼き付けたまま。

 

その有様は、

惜しい、悲しい、悔しい…という「負」の感情を

すべてひっくり返して「正」にしてしまう強さにも見えます。

 

その後、淡々と歳を重ねていく多くの人々は、

夭折したアーティストの作品に触れる時だけ、

その頃の自分に戻ることができます。

 

だから、彼らはいつまでも支持されるのでしょう。

 

ちなみに、

2000年頃の、

初恋の嵐というバンドの「初恋に捧ぐ」(スピッツがカバーしています)。

こちらもボーカルの方はデビュー直前に亡くなられていますが

今聴いても色あせない新鮮な曲を歌っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

古民家のうつわ家さんで。凛としたクリスマスローズ。

 

 

政治の失態からの目くらましなのか、
人気女優さんの麻薬所持が大きな話題になりました。

 

結局、NHKの大河ドラマは、
彼女より10歳くらい若い女優さんが代役に決まったとのこと。

 

若い女優さんにとっては飛躍の大きなチャンスだし、
この役をつかみ取る強運を持っていたのでしょう。

そう、どんな場面でも「代わりはいくらでもいる」のです。


「君がいないと仕事がまわらない」。

「社長が倒れたら会社は終わり」。

…なんて言葉をよく聞くけれど、

 

実は社会的な広義の人間関係においては、

「代わりはいくらでもいる」のです。

 

古代からの歴史を振り返ればそれは一目瞭然。
絶対的な権力を持った王もその一族も、
時の流れの中でいつの間にか消え、

やがて新しい王や一族が天下を取ります。

 

その繰り返しで今日があり、
それはこの先の未来も繰り返されていくことでしょう。

 

もっとも、私的な狭義の人間関係の中では
「代わりがない」ことがあります。

 

その最たるものは親子関係ではないでしょうか。

親が貧乏だから、裕福な親に代わってもらう。
子どもと相性が良くないから、他の子に代わってもらう。

 

そんなことはできないし、

不幸にして親や子が死んでしまった場合も、
代わりになる対象はいないので、
誰しも喪失感を抱えたまま生きることになります。

 

夫婦や恋人の場合はちょっと違って、
別れ方にもよりますが、
いつのまにか新しいパートナーができる場合もあるし、
別れたり失った相手をずっと思い続けている場合もあります。


話を元に戻しましょう。

 

「代わりはいくらでもいる」なんていうと、
その人の存在価値を否定してるみたいだし、
仕事など必死で頑張っている人がそんなことを言われたら、

やる気が失せてしまうかも。


でも、この言葉を違う視点から解釈してみたいのです。


この世に未来永劫続くものはなく、
特に、命あるものは、日々、終わり(死)に向かって生きています。

 

だからこそ、今、手にしているチャンスや幸せ、満足感を
かけがえのないものとして、

大切に扱えばいいのではないでしょうか。

 

いつかは失うもの、いつかは誰かに譲るもの。
そういう謙虚さを持ちながら、
与えられた役割に全力投球していれば、
やがて、それを自然と手放す時が来ても、何も悔いはないと思うのです。

 

そうはいっても、

誰しも謙虚な気持ちを忘れて、「驕り」や「油断」が生じることはあります。

 

そんな時には、今回のニュースの一件でも思い出して、

「代わりはいくらでもいるんだ」って、つぶやいてみるのもいいかも…。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シックで華やかな秋の花束。花風水に詳しいフラワーデザイナーさんの作品。

 

 

台風19号で被害に遭われた皆様に、

心よりお見舞い申し上げます。

 

台風の通過時は、雨戸を閉めた家の中で

どうか無事に通り過ぎて…と祈っていました。

どんなに科学や文明が進歩しても、

自然の猛威の前では、人は祈ることしかできません。

 

今どきの暮らしの中で、「祈る」というのは

古くさいことのように感じるかもしれませんが、

案外、いざという時に人間がとる行動は、

太古の昔も今も変わっていないように思います。

 

 

先日、家族の問題で悩んでいた方からご相談を頂きました。

気分転換の旅と運気アップを兼ねて、

各地のパワースポットを訪ねることが多いそう。

で、たしかにリフレッシュはできるけれども

問題の根本的な解決はできなくて…とのこと。

 

わたしのまわりにも旅が好きな人は多いです。

特に同世代の女性たちは子育てや介護から解放され、

友達やパートナーとあちこち出かけているようです。

 

で、ふと気づいたのは、旅が好きな人たちの共通点。

 

・結婚で実家を出たくらいで、

 ほとんど引越しをせず同じところに定住している。

・若い時からずっと同じ職場、仕事に就いている。

・最初の?結婚相手と別居や離婚などせず、長く結婚生活が続いている。

 もしくは未婚で、子どもの頃からずっと実家に住んでいる。

 

つまり、日常生活そのものが安定していて変化の少ない人ほど、

旅が好き! ってことです。

 

逆をいえば、

 

・進学、就職、転職、転勤などで、

  何度も引越しをしていろんな場所に住んだ経験がある。

・転職回数が多い、または起業、独立している。

・結婚経験はあるが別居や離婚、再婚などを経験している。

 

…と、まあ諸事情で引越し経験が多い人は、

なかなか旅に出るゆとりが持てないのか?

あまり、旅の話で盛り上がることはありません。

 

一時期、方位と気学をかじったことがあり、

人間の運気を根底から変えるには、

短期の旅行ではなく、住む場所そのものを変える

…というのがその気学の理論でした。

方位とりの効果は 当然、旅行<引越し です。

 

場所の移動と気の関係ももちろんですが、

それよりも「退路を断つ」覚悟が、

運気を変えるのではないかと思っています。

 

どんなに遠くに旅に出ても、

帰る家があり、待っている人がいる。

たとえ隣町でも、

誰も知り合いがいない、馴染みのない場所で、

ゼロからスタートする。

 

このふたつの違いは大きいです。

もちろん、旅に出てリフレッシュして、

日頃のストレスや不満をしばし忘れるのは

とてもいいことです。

 

しかし、根本からその不満やストレスと対峙したいならば、

旅よりも引越しをおすすめします。

 

とはいえ、歳をとるほどに引越しは億劫になるし、

経済的、物理的に難しい人も多いでしょう。

 

ちなみに、前述の相談者の方は、

考えた末、実家以外の場所に、

仕事場としての家を借りることになったそうです。

 

その後のお話はまたいつか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

JUGEMテーマ:日常

 

令和最初の夏は、5月1日に始まったように思う。

そして、8月31日にきっちりと終わった気がする。

 

この夏は友人や知人のまわりで訃報が相次ぎ、

30代から90代までさまざまな年齢、立場の方がこの世を去った。

 

社会に目を向ければ、

高齢者の暴走による悲しい事故の多発、ひきこもりの高齢化問題

途方に暮れてしまった放火事件、煽り運転とドライブレコーダーへの注目

芸能事務所のすったもんだ騒動など、

SNSの普及もあり、少し前までは想像しなかったようなことが実際に起きている。

 

 

個人的には、60代になっても特に日々の暮らしは変わらないが、

フリーランスで気ままに生きてきた故、

公務員、会社員などの同級生との、年金受給額の違いを実感している。

それゆえ、健康に留意して可能な限り現役で働いていこう、仕事を楽しもう、

…という気持ちになっている。

 

明日死ぬかもしれないし、30年先まで生きるのかもしれない。

生きている以上、誰もが抱えている「平等なリスク」を頭の隅っこに置きつつ、

今日は今日やるべきことを、楽観的に、一生懸命に、そして感謝しながら、やるだけだ。

 

若い頃は、秋の始まりよりも夏が去っていくことに切なさを強く感じたけれど、

最近は、色褪せていく夏の景色と、そこにすっと入って来る優しい秋の気配が、いいなぁと思う。

この時期に聞く歌は、やっぱり竹内まりやの「Septmber」かな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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Profile

1980年代後半から、広告企画、雑誌編集、占い鑑定など、主に文章を書く仕事に携わっています。最近は、医療系の国家資格も活用中。すべての仕事の根底にあるのは、「その人の物語に寄り添う」こと。スピッツの音楽と草花をこよなく愛する日々。
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